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・興正寺砦といわれる理由【出典:尾張名所図会/興正寺】興正寺は東山と西山に分かれ、現在は東山のかなりの部分が中京大学の敷地となっています。寺の周囲には堀と土塁があり、さらに東山と西山の境には空堀や土塁址と思われるものが確認できます。本尊である大日如来は、興正寺の中でもっとも高い吞海峰(どんかいほう)に鎮座しています。ここは名古屋城下が一望できる場所でした。地下鉄八事駅一番出口の近くに、東門と呼ばれている黒い門があります。造りは室町時代の形式とされ、門扉は弓や
七条堀川(京都)('25.2.9)七条堀川の交差点まで来た。西本願寺が近いが、明日あらためてお参りすることにして、今日はその手前にある興正寺(こうしょうじ)へ。興正寺は西本願寺に隣接していて、遠目に見ると、ひと続きの同じお寺のように見える。西本願寺ほどではないが、なかなか大きなお寺だ。このように立派な三門がある。だが観光ガイドブックやサイトなどで紹介されることがほぼないので、前々から気になっていたのだ。ツムツムみたいな状態のオオサンショウウオ(日本縦断紀行244日目-
今回は名古屋市昭和区の八事にまずは興正寺へ八事山興正寺[やごとさんこうしょうじ]尾張徳川家の祈願所として、歴代藩主とそれに連なる人々と深い縁を結んできた興正寺。その関係は、開山天瑞圓照和尚が八事の地に草庵を結んだことに始まります。長い修行の旅のすえ、高野山に至り、弘法大師の五鈷杵を授かった天瑞和尚は1686年(貞享3年)、穏やかな起伏に松が茂り、豊かな水、静寂に満ちた八事の地に密教と戒律の寺の建立を発願しました。真言密教の教学・修行道場として、境内は西山普門院と東山遍照院に分か
八事山興正寺の大仏移動とまことやみそ見込みうどんえび玉子です。八事山興正寺でお詣りしようとした所、ん????興正寺・釈迦牟尼大仏(平成大仏)が消えている???どうした?と興正寺案内人に聞いたら五重塔の東側に移動しましたよとの事。行って見ると釈迦牟尼大仏!?いらっしゃいました。ようは、あそこが正しいらしいのですよ。納得かな。では、手打ちまことやでみそ見込みうどんでも食べようか?すると、女性一番のえび玉子が飛び込んできまし