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生きづらいと感じてる生き方を少しずつ変えていきたいです。ブログに書くことで、自分の気持ちや考えを整理しています。いただいたコメントやメッセージからいつもたくさんの気づきをもらっています。ありがとうございます別居して数か月。夫と離れたことで、少しずつ気持ちにも余裕が出てきて、夫のことも冷静に考えられるようになってきました。そんな中、始まった離婚調停を通して見えてきた夫の言動や、改めて結婚生活を振り返ってみて感じていた違和感、腑に落ちなかった点。人から話を聞いたり、いろい
戦略的平和先週の記事で職場の問題児が去った理由をスーパーエンパスvs自己愛性パーソナリティ障害の視点で書いた。私が実際に意識したバウンダリーの引き方とデータの集め方を公開!1:「感情の蛇口」を完全に閉める自己愛的なタイプは相手の困惑、怒り、悲しみといった反応がエネルギー源。まずは彼らの前で一切の感情を見せないこと。•ポイント:同情もせず、かといって攻撃もせず、ただ淡々と事務的な反応に徹する。彼らにこの人は自分の栄養(反応)をくれないと悟らせることが重要。
夫のプレッシャーがきつい収支を把握した夫は、協力するどころかプレッシャーを強めてきた。「支払いを遅れるんじゃねーぞ」という脅しと共に、問題はないのかをしつこく確認してくるようになった。そんなに心配なら少しは解決策を考えてくれれば良いのに。『全ての責任はお前にある』という感じで、ひたすら圧をかけてくるだけだった。この頃になると『もう駄目だ、この人は』という諦めの境地に達していたから。そんな夫に対して一喜一憂することは無かった。夫が無職になってからの数年間
いつもの電話ある夜、いつものように電話が鳴った。ディスプレイを見るまでもない。夫に決まっている。確認すると、やはり夫からだった。気が進まないまま、しばらくそれを眺め、一呼吸置いてから通話ボタンを押した。出たくない。でも、出ないわけにもいかない。いつも、そんな葛藤を抱えていた。それでも、大抵は数コールのうちに出ていた。悲しいことに、その習慣は体の芯まで染みついていたのだ。無視したら、余計に怒られる。着信があると
生きづらいと感じてる生き方を少しずつ変えていきたいです。ブログに書くことで、自分の気持ちや考えを整理しています。いただいたコメントやメッセージからいつもたくさんの気づきをもらっています。ありがとうございます元夫と一緒に生活していた頃。私は夫の何が嫌なのか、はっきりとは分かっていませんでした。ただ、夫といると楽しくない。気を遣う。夫が家にいると息が詰まる。安心できない。家族なのに会いたくない。家の中でもできるだけ顔を合わせないようにする。休日は夫がずっと家
「元に戻りたい」と言うけれど「元に戻りたい」と言うけれどある夜、夫から急に電話が掛かってきて、深刻な声で「話がある」と言われた。私が電話に出てしまうのは夫が怖いから。ただそれだけだけど、夫は勘違いしていた。私の気持ちがほんの少しでも残っているから出るのだと。そう思わせてしまった私にも責任の一端がある。怖いからといつまでもズルズル応じてしまえば、きっと気持ちの切り替えもできない。そう思っていても、いざ電話が掛かってきてしまうとスルーできなかった。出なかった
終わらない電話来年には子どもが中学生になる。まっさらな気持ちで新しい学校生活を始める。私たちにとって、それはとても大きな節目だった。このことが、どれほど大きな意味を持つのか。きっと、当事者でなければ理解できないだろう。夫がいない生活にも慣れ、共依存という意味も少しずつ理解し始めた頃だった。もう二度と戻らない。そう固く誓った。『子どもと二人で、しっかり生きていこう』そう思っていたのに、夫の執着は止まらなかった。それどころ
人ごみに紛れた週末毎日のように夫から電話があり、子どもも私も、心身ともに疲れ切っていた。離れて暮らしているのに、どうしてこんなにも縛られなければならないのか。拒絶したくても、その方法が分からない。その後のことを思うと、不安ばかりが募る。結局、波風を立てずにやり過ごすことを選んだ。そのしわ寄せは、子どもにまで及んだ。毎日のように、こんな言葉を投げかけられていた。「パパを許して」もはや、お願いではない。受け入れなければ、