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おはようございます。源九郎稲荷神社宮司です。ブログをご覧いただきありがとうございます。寒暖差の激しい奈良です。日中はコートはいらないくらい暖かいですが、朝夜は冷えます。毎朝、何着たらいいか教えてほしいくらいですさて、今年の白狐渡御での子ぎつねさんたちが神社にやって参りました。まず祓戸にて穢れを祓ってもらいます。そして拝殿にて参拝です。親御さんがきちんと教えられたのか、今年の子ぎつねさんたちはすでに参拝方法を知ってい
ワイルドバンチ演劇団第10回公演マタ後ノ世モ、巡リ会ヘ-頼朝と義経-2026年3月12日(木)〜15日(日)@ザムザ阿佐谷●あらすじ⚔️時は平安末期。源頼朝は、清和源氏の後継者として平家を打倒するために挙兵する。そしてその報せを聞いた弟の義経は、はるばる奥州から馬を走らせ、二人はついに、二十年ぶりに対面を果たす。再会を喜ぶ頼朝と義経は真の武士の世をつくるため手を取り合い、共に戦うことを誓うのだった。時代は風雲急を告げ、目まぐるしく移り変わってゆく。かつて栄華を誇
鎌倉散歩・腰越と義経まつり~義経まつり~4月19日(土)鎌倉市の腰越・満福寺で義経まつりが催されました。満福寺(上は2024年の写真)満福寺奈良時代744年に行基が開山。弁慶が書いた腰越状の下書きとされる書状、弁慶の腰掛け石や手玉石など、義経・弁慶ゆかりの品々が多数展示されている。源義経(1159-1189)平安時代末から鎌倉時代初期の武将。兄・頼朝の平家打倒に参加して戦果をあげる。後に頼朝の不興
源義経は「戦の天才」と言われるけど、どこで「兵法」を学んだのだろう?鞍馬山時代に兵法書を読み漁ったのか?そんなことは、してないでしょうね。古い兵法書の勉強なんか真面目にしていたら、義経は戦に勝てなかったでしょう。義経は、何故、勝てたか。当時の武士たちが「戦というものは、こういうふうにやるものだ」と信じて疑っていなかったルールやセオリーを、ことごとく無視したからです。ボクシングの試合だと思ってる相手に対して、いきなり脚を蹴ったら、そりゃ勝てます。剣道の試合だと思っている相手にいきなり石を投
越前水仙郷の見学の後、石川県加賀市の片山津温泉に向かいいました。癒しのリゾートホテルアローレ閑散期プライスではないかと。食事は越前に来ているのにカニではなく、イタリアンにしました。朝風呂に入ってから、朝食前にアシスト式の自転車を借りてサイクリングしてきました。風は切るように冷たいですが、防寒はばっちりなので気持ちいい。白山の方向に朝日が射してきました。篠原古戦場跡には首洗い池があります。「源平盛衰記」によると、木曽義仲の家来が平家の老侍を討ち取って首を洗ったら、
毛越寺平安期の浄土庭園が広がっている。(202510.22)毛越寺(もうつうじ)芭蕉が1689年高館を訪れ詠んだ↓「夏草や兵どもが夢の跡」と刻まれている。芭蕉の真筆と言われている。出島石組と池中立石南大門跡築山開山堂開山堂の横に白い小さな可憐な花が咲いていた。『センブリ』という花のようだ。嘉祥寺跡講堂跡金堂円隆寺跡常行堂地蔵菩薩州浜高館義
義経のデフォルメキャラクターがパッケージのクッキーですおみくじとして楽しむことができます(^^)