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日本を蝕む”朱子学”の闇その27◆朱子学の誕生:本来の中国が失われたのは「宋」以降朱子学が出てくる以前と以後で、中国は別の国に変わった。孔子と孟子の教えである儒教は、元々は牧歌的な教えだが、それが変節したのは1126年の「靖康の変」(せいこうのへん)にある。「靖康の変」とは1127年に「金」の軍が宋(北宋)の都であった「開封」(汴京)を占領、宋の上皇(前皇帝)徽宗・皇帝欽宗などを捕らえ、拉致した動乱のことだ。「靖康」は当時の年号で、1125年の靖康元年に起きた靖康の変によって宋
『儒林外史』は、清末の18世紀、安徽省の人、呉敬梓が書いた白話小説で、その内容は、当時の官吏登用試験であった科挙制度に振り回される人々の様子を、皮肉を込めて著したものです。科挙制度については、中国で隋唐時代に始まり、中華民国になって廃止されるまで、延々と実施された制度であり、分かりにくいところもあり、概略を理解してから、本文を読まれることを、お勧めします。宮崎市定著『科挙――中国の試験地獄』(昭和59年2月初版発行、中公文庫)それでは、この小説の導入部、第一回を読んでいきましょ