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日本経済新聞の「私の履歴書」欄前回は前日銀総裁「黒田東彦」の連載でしたが12月より女優・歌手の「倍賞千恵子」の連載が始まりました日経新聞は以前に株取引をしていた時期は株価欄を読んでおりましたが今は安定株を少し持っているだけなのでこの「私の履歴書」の目を通すだけですこの「私の履歴書」欄には登場する著名人の幼少期より現在迄の生き様が書かれております何方も順風満帆の一生を送られた方は少なくそれなりに人生の歴史があります82歳になった倍賞美津子さんですが今年5月
20年以上前に営業部局からの研修生として1年間預かったウエノ君が、基調講演の講師として登壇するセミナーを視聴した。随分前に会社を退職していて、カリスマ経営者たちのもと、めきめきと頭角を現した。今では知る人ぞ知る有名人になった。*****そのころ私は年子の幼稚園生を絶賛育児中で、家庭でも育児、会社でも育児をしているような気持ちだった。ウエノ君を叱りながら、ゆうべ娘にも同じようなことを言って怒ったな、なんてことも、ままあった。ウエノ君を研修生として受け入れた部署は
日経の「私の履歴書」は尾身会長♪コロナ禍、あの時言えなかったことをサラッと記事にしていたり皆まで言わない文章も好きです文字を読むことは疑問を持ったりわからないと感じたりわかったり想像したり自分の意見を持ったり次が気になったりInstagramの面白かったりつまらなかったりする動画をつらーーーーーっと流し見しがちだけどおおお文字を読むのは楽しいねマスク1円
(ビストロ「ほわいえ」(仏語で楽屋、控室の意)「虫コナーズ」か「虫コナーズ的なもの」がドアにぶら下がっていたりしてなんともショボい雰囲気)八ヶ岳南麓で唯一味わえないものといえばフランス料理だろう。もちろん「フランス料理的なもの」はそこそこあるが、お世辞にも美味いとはいえない店ばかり。唯一「TERRIOR愛と胃袋」が気を吐いていたが、フレンチ割烹とでもいうような特異なスタイルだし、だいいち昼メシでも1万いくらとバカ高くなってもはや行ける店ではなくなってしまった。そんなわけで
◆夫の親族が起こした相続訴訟を乗り越えたオーストリアの光子さん、ヴェネツィアの洋子さん今月の日本経済新聞「私の履歴書」は女優・吉行和子さんが主人公。父で作家のエイスケ氏、NHK朝ドラのモデルになった母で美容師のあぐりさん、兄で作家の淳之介氏、妹で詩人の理恵さんのことなどがちりばめられています。そんななかひときわ個人的に目を引いたのが昨日の記事:大間知さんが「クーデンホーフ光子伝」という分厚い本を見つけてきた。明治の日本でオーストリア=ハンガリー帝国(当時)の伯爵に見初
過去一ゆる〜い面接こんなんでいいの?ってくらいゆるい割には面接官3人!😱ドアを開けた瞬間びっくりしたただ、3人とも優しそうでガツガツ喋る人でもなくそこは良かったよ私を含め4人で普通に喋って来た感じ拍子抜けしたで、改まって志望の動機なんて言わされることもなく何ていい面接なの笑3人の面接官私の履歴書によってたかって見入ってる職歴に食い付いたよねアハハ〜字が綺麗で読みやすいですねって褒められた恐れ入りますこうやって持ち上げておいて今までみたいに不採用なんだよね
先週末、野暮用で市ヶ谷へ。用事はあっけなく済み、JRで帰ろうとして、ふと思い立ちました。そういえば、NHK朝の連ドラ「あぐり」のモデルになった吉行和子さんの母あぐりさんの美容室が市ヶ谷だったっけ、ちょっと見てみようかな、と。所在地が市ヶ谷だったと知ったきっかけは、今年5月に日経新聞に連載された「私の履歴書」でした。先日のブログですでに触れた通り、「私の履歴書」に1カ月間吉行和子さんの半生が綴られていたのです。(「MITSUKO―ミツコ世紀末の伯爵夫人―」を和子さんが独り芝居
先々月の日経新聞「私の履歴書」筆者は、清水建設会長宮本洋一氏でした。日本を代表する建造物にまつわる話が幾つも登場するなかで特に目を引いたのが、有楽町にある旧・第一生命ビル(別名・第一生命館)の話。現在は、DNタワー21D本館という名称です。話を進める前に、要注意なのが、この界隈は同じ並びに旧・第一生命館と明治生命館という建物があって、構造的にも新旧ビル合体形式で似ているので要注意。明治生命館の方は、現在静嘉堂文庫美術館が入っています。(静嘉堂文庫美術館が移転する明治生命館の華麗
今月の日経新聞「私の履歴書」はSME元社長の丸山茂雄氏。1941年生まれでもうすぐ81歳。私は音楽業界のトップのことはまったくわからず、この方のお名前さえも知らなかったのですが、軽やかで楽し気な文章に初日から釘付けになりました。そして、2日目に父が丸山ワクチンの丸山千里氏であること、そして昨日、母方の祖父が安部磯雄氏だとわかりました。いや、一族に有名人がいるからどうこう、というのではなく、そういう環境で育つ子ども時代の話には興味津々なのです。「(安部磯雄という名前に
少し前のお話しです「お母さん!里中満智子先生が、日経新聞の私の履歴書に載ってるよ〜!読まない?」と、うちのお父さんに言われて、すかさず「読む読む!」と答えましたそれから、毎朝楽しみにして里中満智子先生の、「私の履歴書」のコーナーを読んでいました里中満智子先生と言えば、私が子供の頃から大活躍されておられた漫画家の先生です当時、漫画家の先生のお顔は、あまり世の中には知られていませんでしたが…里中満智子先生と、池田理代子先生は、当時から美人漫画家の先生✨として、よく知られていました私