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武具の記事です。今回は、黒田長政所用の具足のレプリカの写真です。垂井の企画展の時に飾られていました。銀箔押一ノ谷兜黒糸威総掛具足福岡藩、黒田家代々の具足です。初代、黒田長政から代々の藩主にわたり制作され、一ノ谷形兜で黒糸威の甲冑といえば黒田家といった印象を持ちます。レプリカとは、異なり実際の甲冑は、袖と面具がない状態で、胴は総掛ではなくシンプルな黒の桶側胴で極めて実践的です。銀箔押しの一ノ谷が目を引く具足で、個性の強く現れた当世具足を代表するものです。兜は、元の持ち主は、竹中半兵衛で福
慶長の役と嫡男の死「母里太兵衛と黒田家①黒田24騎と黒田8虎」「母里太兵衛と黒田家②播磨国姫路の時代」「母里太兵衛と黒田家③秀吉の時代」「母里太兵衛と黒田家④文禄の役」「母里太兵衛と黒田家⑤黒田節の成立」の続きです。■名槍・日本号「日本号」は皇室所有物(御物)であり、正親町天皇(おおぎまちてんのう1517~1593)から室町幕府15代将軍・足利義明に下賜された。足利義明から織田信長、豊臣秀吉に渡り、そして、小田原城攻め(1590年)の武功に対して秀
昨日、久しぶりにこの本を手に取りました名古屋市博物館「写真家寺西次郎の見た昭和表現と記録」2005年昭和30年代後半から40年代前半の名古屋の暮らしを撮った写真集なんですけどね上の写真は「納屋橋」で、昨日はちょうど午後から納屋橋界隈に行く用があったので堀川のほとりを歩いてみました錦通の錦橋から見る納屋橋橋の北東角には旧加藤商会ビル戦前はシャム国(タイ)領事館が入っていましたそもそもこの納屋橋は江戸時代(1610年)、名
名槍「日本号」が福岡市博物館の所蔵になるまで「母里太兵衛と黒田家①黒田24騎と黒田8虎」「母里太兵衛と黒田家②播磨国姫路の時代」「母里太兵衛と黒田家③秀吉の時代」「母里太兵衛と黒田家④文禄の役」「母里太兵衛と黒田家⑤黒田節の成立」「母里太兵衛と黒田家⑥名槍・日本号と慶長の役」「母里太兵衛と黒田家⑦関ケ原の戦い」「母里太兵衛と黒田家⑧筑前福岡52万石」の続きです。■その後の母里家慶長20年(1615年)5月6日、大阪城夏の陣
大河ドラマ『豊臣兄弟!』に沸く長浜市では各種の豊臣兄弟ゆかりのイベントが開催され、観光ボランティアガイドの方が案内をされています。ある時ガイドの方と立ち話をしていると、“いつか大河ドラマで石田三成を取り上げてもらうのが念願なんです”と話をされていて、その時に紹介されたのが滋賀県大津市在住の直木賞作家・今村翔吾さんの『八本目の槍』という本でした。『八本目の槍』は、「賤ヶ岳の戦い」で“賤ヶ岳七本槍”と呼ばれた7人の武将に石田三成を加えた8人について斬新な視線で描かれた歴史小説です。小