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0037再訪大正橋(たいしょうばし)大分県臼杵市野津町大字原野津川に架かる石橋橋長:34.40m橋幅:3.60m径間:27.00m拱矢:10.00m架設:1946年(昭和21年)5月石工:今永宇三郎氏(中津)型式:単眼アーチ橋壁石:布積みオリジナルは1914年(大正3年)に臼杵の石工・川野茂太郎氏が架けたアーチ橋でしたが、1943年(昭和18年)に流失しました。現石橋は中津の石工・今永宇三郎氏によって1946年(昭和21年)に再建されています。
めぐり逢いカラー版カラーフィルムで撮影していたのですが、色褪せて再生は無理と思っていました、便利な時代になりました。何とか当時の雰囲気に近づいたカラー写真になりました。今のデジタル写真に比べると、味ある色合いだなぁ〜って気に入っています。東京にいた頃は友人と車で東北や伊勢志摩に旅行していたので、フィルムのカラー再現が出来たら紹介していきます。訪問日:1999年眼鏡橋長崎駅当時の愛車ニッサンフェアレディーZ
めぐり逢い石橋巡りを本格的にはじめたのが、2010年頃からなのですが・・・。そのきっかけは、それより10年前に始まっていたようです。1990年半ばから2000年前半にかけて、モデル撮影で毎年のように長崎県の端島(軍艦島)に出かけていました。1999年だと記憶していますが、その年は長崎に早朝に到着したので、待ち合わせ時間まで長崎駅周辺をぶらりしました。その時、アーチ橋(石橋)の素晴らしさに触れ、何気なくシャッターを押していたようです。今回、フィルムを整理をしていて「石橋写してたんだぁ〜」っ
3月24日(火)国立能楽堂小舞『鐘の音』(観世流)シテ奥悠輔⑫(第12期の研修生をさす以下同)舞囃子『竜田』(金春流)シテ雨宮悠大◎(研究生を示す)笛:平野史夏⑩小鼓:曽和伊喜夫◎大鼓:中村天海⑫太鼓:澤田晃良◎舞囃子『俊成忠度』(喜多流)シテ狩野裕一◎笛:寺田林太郎◎小鼓:大倉伶士郎◎太鼓:亀井洋佑地謡:金子龍晟◎谷友矩◎その他舞囃子『唐船』(宝生流)シテ渡邊隆士笛:一噌隆晴◎小鼓:岡本はる奈⑧大鼓:亀井洋佑
いい本を読んだ。『肥後の石工』今西祐行岩波少年文庫江戸時代後期、肥後の国(今の熊本県)に石積みを生業とする職人の村があった。彼らは近隣の国から呼ばれて石橋を架けたり、城の石垣を築いて生計を立てていた。石工頭の岩永三五郎は職人仲間とともに鹿児島の城から呼ばれて橋をかけた。工事が終わると、急に仲間の姿が見えなくなった。先に国へ帰ったと聞かされたが、とても信じられない。三五郎がひとりで国へ向かっていると、あとから侍がつけてくる。三五郎が宿に入ると、その侍が知人のふりをして三五郎
0703再訪宇田枝井路2号橋(うたえだいろにごうきょう)大分県豊後大野市清川町左右知奥岳川支流の谷川に架かっている水路橋橋長:12.00m橋幅:2.30m径間:4.50m拱矢:2.10m架橋:1941年(昭和16年)石工:佐藤近義氏、界寿光氏型式:2連アーチ橋壁石:布積み県道688号の左右知地区に立つ深谷橋の標柱から矢印の方に向かう林道に並行したすぐ右下に架かっています。草木に覆われる夏期は目につきにくいです。石工は地元の界寿光氏と佐藤近義氏
昨年ブロ友様が紹介されていた下野市石橋中学校側を流れる姿川畔の桜が余りにも綺麗だったので今年も見ようと雨が上がった午後一寸出掛けました農道脇に車を停め姿川畔に出るとこの絶景です平日にもかかわらず多くの人が桜見物に来ております姿川の堤防沿い約600メートルに約130本のソメイヨシノやしだれ桜の桜並木ソメイヨシノの白い花としだれ桜の濃いピンク色が混じって綺麗でした昨年は川沿いの土手に黄色の菜の花が咲いておりより綺麗でしたが何故か今年は無くなっておりました
26.4.05(日)高槻市駅で阪急京都線に乗り、十三で宝塚線に乗り換え。↑この日歩いたルートと写真など→地図が表示されない場合はこちら印刷して持ち歩いた白黒地図はこちら10:00阪急石橋阪大前駅からこの日のウォーキング開始。西国街道に出ようとしたが、駅周辺はごちゃごちゃしていて、かなり迷った。10:37前回西国街道から分れて駅へ向かった地点に到着。ここをこの日の西国街道歩き起点としよう。旧石橋村高札場跡10:43旧石橋村高札場跡を通過。能勢街道との追分にある。