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こんにちは。投手の坂田凜太郎です。野球を始めたきっかけは、家族の影響でした。父も野球をしていたこともあり、まわりに野球好きが多い環境で育ちました。小さい頃の誕生日に、叔父からグローブをプレゼントしてもらったことが、私の野球人生の始まりです。小学校1・2年生のころは、母に「3年生になってから」と言われ続け、放課後は学童でゴムボール野球に明け暮れていました。そして3年生のゴールデンウィークに念願の少年野球チームに入団し、本格的に野球を始めることになりました。中学時代は、軟式野球部で活動
野手の藤本龍磨です16年間、野球を続けてきました。小学一年生から始め父と毎日家のグランドで練習していたあの日から、ここまで野球と共に生きてきたと言っても過言ではありません。この瞬間が来たかと思うと、寂しさと同時に、感謝の気持ちで胸がいっぱいです。まずは、これまで共に戦ってきたチームメイトへ。本当にありがとう。いつもそばにいてくれたみんなの存在があったから、ここまで頑張ることができました。野球を通して、ただの仲間ではなく、一生の宝物ともいえる絆が生まれたことに感謝しています。(写真:
そうですね〜。関大、近大、龍谷大を扱ったので、次は同志社、立命館、関学、甲南あたりをディスります(笑)同志社言わずとしれた関西私大のトップですけと、ここは半分が内部進学と指定校。一般のほとんどが京大、阪大、神戸大落ちというイメージしかない。しかも残念なことに首都圏の早慶レベルではなく、せいぜい明治大クラスだから、京大落ちからすると学歴コンプまっしぐらなわけです。なんなら、愛知県の高校生も受験するから、名古屋大落ちも稀にありそうです。立命館これは、かつては中核派や左翼的な連中のたま
は〜いこんにちは〜。お待たせしました、二刀流の藤田空悟です。マネージャーの宮内さんから沢山書いてくれと言われたので頑張ります。4年間の思い出と関わってくださった方への感謝の思いを書きました。自分の言葉で書いたので汚い文章ですが是非最後まで読でください!4年間の思い出といってもほとんどが、もがき苦しんだ日々だったと思います。家族、先輩、後輩、周りの同期に助け、支えられながらなんとか前を見てここまでやってこれたと思います。ありがとうございました!入学当時は1年春からスタメンで出てスー
YouTubeサーフィンしてたらたまたま見つけたなんじゃこりゃ・・・AIじゃなく実在するのか!?知らんかった、日本女子陸上にこんな美人アスリートいたんだな走る能力だけ秀でるならそりゃそれなりに居るだろうが走るのも全国レベル、そして美貌も兼ね合わせる・・・そんなフィジカルギフテッド揃う確率はかなり落ちるよねそんで、コメント欄ってのは9割はセンスのない連中の面白くもないコメントが溢れかえるが面白く、センスのある・・・これも素質のうちだなっていうコメントも必ず混ざるコメント:「
こんにちは。野手の熊谷球太です。15年間、野球を続けてきて楽しかった思い出や悔しかったこと、そして多くの人への感謝を、ここに綴っていきたいと思います。⸻まずは両親へ。小さい頃から、父には野球のことになると怒られてばかりでした。小学1年生から中学3年生まで、毎朝6時にはグラウンドに行って朝練をしたり、旅行先でも素振りのチェックをされたりと、数えきれないほど野球に時間を費やしてきました。時には反抗することもあったけど、引退して振り返ると、今の自分は、野球をさせてもらえた瞬間から始ま
今日は、いつも頑張ってくれているお母さんに感謝を伝える日、母の日初めに、母の日にちなんだお話をブログで書かせていただきます私の兄が少年野球をしていた頃、毎週のようにグラウンドに付き添いで行く中、チームのお母さん方の姿をずっと近くで見てきました朝は誰よりも早く起きてお弁当を作り配車の調整やお茶当番など、チームのために沢山のことをこなすお母さん達。どんなに暑くても寒くても必ずグラウンドに足を運び、子どもたちを見守ってくれていましたお母さん達は、試合で子どもたちが活躍すれば、自分のことのよ