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2024年1月、子宮頚がんと診断されました。しかも転移しやすい腺がんがん診察から治療までの長〜い(体感では)流れをまとめてみます(人物特定?を避けるため、正確な日時ではありませんが、検査の間隔はだいたい同じです)《診察から治療までの流れ》12月26日職場近くのクリニックで細胞診1月4日職場近くのクリニックで腺がんと診断1月5日大学病院で腺がんと確定診断・生検1月15日緊急入院・CT撮影1月19日治療方針の変更・MRI撮影1月20日退院1月21日PET-CT撮影
2020年6月の初めての時は、診察だけのつもりでいたら黄疸がひどいからこのまま入院!すぐに内視鏡で処置します!と、わけもわからずされるがままでした今回は前日入院だし、何が違うのかな?とちょっとワクワクはじめは午前中の予定と言われたのに何故1時になったのか?外科の主治医Dr.Mが教えてくれました。午前中は他のドクターは診察があるから、内科主治医のDr.S一人でやることになる。なるべく大勢で診たほうがいいだろう、ということで内科のドクター総出でやってくれるんだよ~!ですって要するに、珍
土日が空けて検査今日は振替休日でママはお休み!こんな時でも仕事を日曜日に入れて、平日に休む私の仕事はお客様都合な仕事のため、土日のアポイントの場合、平日に振替休日を取れるからありがたい内視鏡検査は、付き添いの人も入れるのかもしれないが…私は…入らなかった。しばらくしてパパが戻ってきた。目に涙が溢れてる何があったの?どうしたのだろう?どうしたの?大丈夫?口からカメラ入れたんだけど…オエオエなっちゃって最初太いので無理で次は中くらいでも無理で一番細いので検査したんだよそうだった
やぁーーーっと病院に行くことにしただんなさん。診察だけでは原因特定できず、超音波、内視鏡検査の予約をして帰宅(この時はまだ食道アカラシアか?と思っていました)数日後、内視鏡検査のため再度病院へ結果、食道ー胃の境界で大きなコブが見つかり生検も受けました。この時はまだ癌とは告知されず大きな病院への紹介状を渡されました。次の日紹介された総合病院へ。また内視鏡検査をし、この時初めて「食道もしくは、胃の癌である」と告知されました。そのあと血液検査・CT・胸部X
今、私が受けている化学療法抗がん剤です。1クール1週間に一度3週点滴し、4週目は休薬。今3クール目なのですが、副作用について書こうと思います。1クール目の1回目は副作用ではなく、内視鏡生検による感染症を起こしたので参考になりません。2回目、特に副作用は感じませんでした。2回目抗がん剤翌日に遠方大学病院から退院。3回目から大学病院と連携してくれた地元近くの総合病院化学療法科にてお世話になってりはじめた。翌日から脱毛開始、発熱、吐き気、食欲減退、匂い過敏だるさがありました。休薬週に胃からと思わ
事の始まりは2023年秋に夫が受けた健康診断50代後半にもかかわらず前年までは全く異常なしなので少し貧血の結果が出ていても気にしないで普通に暮らしていた会社の健康保険組合から再三受診を促され渋々受診貧血の原因を探る検査が始まったその過程で撮ったCT画像クリニックからすぐにがん治療が出来る病院を紹介され生検膵臓がんステージ4の告知を受けた化学療法での治療になるとの事だった
彌生です…ペインクリニックでは「気にする事ないですよ♪」とニッコリ笑って言われましたがこのTドクターYouTuberの「きばるん」に似ているのよね…上の2枚は酷いから下は真面目きばるん、この人が毛深くなったバージョンかな?😂まぁ、まさかドクターはこのブログ読んでないからズバズバ書きましたが、メチャ優しい人です…その後「口腔外科」へ…このNドクターワタクシを「痩せ過ぎ痩せ過ぎ」と言うがいやいや、Nさん、貴方、私より痩せて
まぁですね~人間ドッグを受けに行く時点で20年ぶり身体に不調があったので薄々は分かっていたんですけどね三重旅から帰ってきたらポストに人間ドッグの検査結果が届いていたんです実際に結果が書かれた書類を目の当りにしたらあ~あやっぱりね〜と大当たりでもね~不思議と自分でも驚くくらい涙が出るような悲しい気持ちにも落ち込む事もありませんでした冷静もうこの歳まで気ままに生
手術についてです。8月お盆に手術を受けました。コロナで面会ができず、手術前の執刀医と麻酔科の先生からの説明に行った時に見た夫は、入院前からさらに痩せていました説明の際、入院ギリギリまでタバコを吸っていたことや夫のまるで他人事のような感じに、思わず先生も誰の言うのとも聞かないタイプだよね〜と少し笑いながら話せたことで心配が和らぎました手術当日、朝8時半までに来るよう言われました。コロナで待機は1人だけど言われ、夫と一緒に手術室に向かいました。後に聞いたのですが、な
検査入院退院から約1週間後、外来にて結果説明を受ける退院後の数日間は痛み止めの薬の効果が切れる時間帯に苦痛があったがその他はこれまで通りの日常膵臓部腫瘍生検結果説明〇病理診断にて膵臓癌(腺癌、膵尾部)〇ステージⅣ〇大きさ約3.5cm〇転移は肝臓、骨〇治療を行わない場合の余命は3か月、抗がん剤治療をした場合は1年位ある程度覚悟はしていたがかなり厳しい内容すぐに抗がん剤治療を開始することを勧められたが夫はしばらく考えるとのこと仕事の都合があ
娘は、視神経膠腫疑いにて生検を受け、組織型が毛様細胞性星細胞腫と確定診断を受けました。2023年5月1日より、寛解導入療法として、カルボプラチンとオンコビンの化学療法全10週の治療を受けました。途中、生検後に硬膜下水腫を発症し、緊急手術を行い、VPシャントを造設しました。手術の準備のため、治療が延期となり、当初の予定より遅れましたが、2023年7月18日に、寛解導入療法を終えました。そして、2023年7月25日MRIにて、治療の効果が得られているかを調べる日がやってきました。娘の病気
急に大きくなったしこりを診てもらいに2023年11月に近所のKクリニックへ行きました。診てくださったのは自分の娘くらいの若い女医さん。問診票に書いたことについて幾つか確認され患部(左耳の下)を触診した後すぐにエコー検査をしてくれました。大きなエコーの機械の脇にあるベッドに横になると「寒くてごめんなさいね」と言って看護師さんが毛布をかけてくれました。田舎の小さなクリニックに立派なエコーがあることに驚きつつ産院で赤ちゃんを見たときと同じだな〜なんて思いながら私も画面を見
仲良し先生から励まされ、少しだけ期待を持ってS病院に向かった。S病院に私のカルテはあっても、今まで診て貰っていない症状の場合、新患と同様に手続きをしないとならない。すでに10年以上診て貰っているのに、私はS病院のK先生と反りが合わないのだ。K医師「今日は、どうしたの?」「地元の病院で検査に引っ掛かってしまって。そちらの病院では、手術が出来ないので紹介状を渡されました。」検査結果の映像を拡大したり、戻して見ながらブツブツ言っている。この言い方が威圧的で私は苦手なのだ。「そちらの病院で
定位生検(英語では、StereotacticBiopsy)を受けてきた。定位生検は、簡単に言うと、マンモグラフィーで癌のある乳房を撮影した状態のまま、異常組織の正確な位置を見ながらピンポイントで異常細胞を採取するという検査。つまりマンモグラフィーで乳房をきつく挟まれたままの状態で生検が行われる。私の場合、癌の周りに約7.5センチにわたって、前癌性(癌になる手前)の微小石灰化が沢山散らばっていて、今回の定位生検の目的は、癌から一番離れたところにある微小石灰化を採
前回記事の続きです『乳腺外科受診』これまでの経過および現状はこちら2021年8月31日2年前もお世話になったS病院を受診しました昨日、問い合わせの電話をしたところ前回は「健診にて経過観察」で一…ameblo.jpこれまでの経過および現状はこちら最後に先生が言っていたエラストグラフィについて調べてみましたエラストグラフィ(超音波組織弾性映像法)とは組織の硬さをリアルタイムで画像化する技術良性病変に比べてがん組織が"より硬い"ことを利用してがんを検出するエラストグラフィを使用す
おととしの話になります。お腹のエコーで、膀胱に腫瘤(腫瘍?)があるからと近くの泌尿器科を紹介されて行ってきました。膀胱炎とかなったことないし泌尿器科って初めてだったのですが待合室はほとんど男性でした。。すぐに、エコー検査→膀胱鏡検査になって、おしっこの穴にカメラ入れられました繰り返しになるけど、先生はこんなイメージwゼリーみたいな麻酔?を塗られてなんか入っている違和感はあったのですがそんなに痛くはなかったです。女性は膀胱までの距離が短いからあんまり痛くないみたいです。
この記事は、私の介護に関する「はてなブログ」の記事を編集したものです。2024年3月1日に施設にいる92才の母が腎盂がん(ステージ4)を告知され、4月30日に介護者の私が前立腺がんの告知を受けました。老老介護、癌癌!介護となりました。***********************************ホルモン治療の薬の説明書今回は、私のことです。2024年5月8日、今日は県立がんセンターに生検の結果を聞きに行く日です。前に書きましたように、4月30日の生検の最中に担当のS
退院後、初の診察がありました、、、、、今回の入院も、同室の方に恵まれ皆さん術後のお身体が回復されてからたくさんのお話をして楽しく過ごさせて頂きましたそして毎回看護師さんたちとのお話お薬の話や、主治医の先生の話院内のこと、、色々と教えてもらえてためになるただ、、今回は緩和チームにお世話になったり、終活について家族と話す機会を持った方がよいよ面談があったり、、そして先生からは治験の話も出たりしましたなんとなく落ち込む要素満載で疲れたしでブログも書こう書
2022.11.18とうとうこの日が、再検査予約の日!!眠れない日々を過ごした私は母という最強の盾を手に入れていざ病院へ!ドキがムネムネが止まらない。母)大丈夫だよ!再検査でしょ!まだ何かあるって決まったわけじゃないんだから!私)そりゃそうだけど、知ってるっしょ!?ビビりなの!母)知ってる!あっ、お母さん娘子呼ばれたら外で待ってる?私)う、うん。(ほんとは一緒に診察室入って欲しかったけどカッコつけた)大丈夫だよ!ひとりでできるもん🎶呼ばれた!心臓口
部屋の整理をしていたら人間ドックの結果がたくさん。2年前のマンモグラフィーで右局所的非対称陰影カテゴリー3。9月の末に受けた今回の人間ドック、結果は右乳腺腫瘤カテゴリー3。「乳腺腫瘤は、良性のものと悪性のものがあります。明らかに良性のもの以外は、診断のために精密検査が必要になります。精密検査が必要と判断されても乳がんとは限りません。」と説明がある。そしてカテゴリー3はというと。「良性の可能性が非常に高いですが、悪性も否定できない所見です。再検査・精密検査が必要です」マンモグラフ
転医A病院のB先生にメールを送ったのは昼だったが、夕方前には返信があった。返信をもらえるかも半信半疑で、翌日にでも返信がもらえればありがたいと思っていたのに驚きだった。返信にいわく、「フォーカルセラピーというのは、まったく危険な選択だと思います」と。加えて、診察と治療を希望する場合は、12月の末の指定された日時に、紹介状、CT、MRI、骨シンチなどの画像検査のCD、生検のプレパラート、生検の報告書を持参して受診するようにと指示があった。また、ホルモン療法は前立腺の状態に影
てつそうです。いつも、いいねや、フォローをありがとうございます。こんなにたくさんの方々に見ていただけて、自分でも、びっくりと、嬉しい気持ちでいっぱいです。本当に感謝いたします。このブログでは、肺がんがわかって現在に至るまでの、経緯を書いています。未熟なところもあるかと思いますが、あたたかく見ていただけましたら、光栄です。2023/9/28検査入院、当日。病室で待っていると、看護師さんが呼びに来てくれた。肺の内視鏡生検検査の前に、飲む麻酔をしばらく喉に溜めておくの
こんばんは、はーちゃんです。緊急入院した日は、帰宅時間も遅く、夫の両親に事情を説明したり、着の身着のままの夫の入院の準備を最低限準備したり、不安で泣いてあまり寝れませんでした。◆4月10日そのままのテンションで出勤し、寝不足と頭の整理ができてない現状で気分悪すぎて若干倒れそうな状態でした。私と夫は同じ職場でしたので、自分の上司と夫の上司に現状の報告と、お見舞いの頻度が高いので業務に支障が出ることを伝えるのが精一杯でした。(報告するときの自分は何故か冷静でした。)一番つら
一時帰国時の注意アメリカからこんにちは。サンクス明けの朝、昨日苦しくなるまで食べたのに、性懲りも無く、朝食にアップルパイとアイスクリームを食べる私本当に気をつけないと…血糖値…ホリデーシーズンで、私の周りでも、日本に一時帰国される方がちらほら余裕のある方は、冬、夏、年2回家族で帰国されています。友人のドクター一家も。どんな仕組みでそんなに休めるのか、不思議すぎる日本の大学勤務だと、年1回5日の夏休みしかもらえず、土日を合わせて1週間/年の旅行が、MAXでした。有給は誰もと
そんでもって・・・今度は皮膚科のお話・・・入院中4月6日の日は皮膚科も予約してあったのでそのまま入院中ですが外来受診。(入院中の診察は順番になると病棟に連絡が入って行けば良いからありがたい☆)☆病院day・・・内分泌内科&皮膚科などなど☆小さいのは、治りつつあるんだけど、根が深いというか・・・ちょっと大きいのは盛り上がり悪化!?してるようにも見え・・・皮膚科の先生に伝えてみた。主治医『ちょっと前に見た時より顔つきが変わってきてるから生検に出すね』との事。また
2021年9月末。紹介された大きな病院の呼吸器内科を受診しました。そう、私の行くべきトコロは整形外科でも内科でもなく、呼吸器内科だったのです。いや、胸骨が痛いという症状ではたどり着けませんよね。。。はい、またまた血液検査です!今回は、生検検査前の病気持ってないかどうかチェック。当時、血液検査で1万円とか、何度も支払いたくないよー、と思っていたのですが、、、、近いうちに、比較にならない大きな金額の医療費を支払うことになるとは、まだ知らず。紹介状先の私の主治医はM先生。すっ
こんにちは今週、先日の胸腔鏡検査の結果を新しい病院に、聞きに行ってきました。結果。胸膜の組織からも、胸水からも、「がん細胞を検出セズ」でした。「T790Mが見つからなかった」だけでなく、胸膜からは、がん細胞が出なかった。。。またしても、撃沈です振り返ってみると、ジオトリフに耐性がついた後の生検でも、細胞はとれず・・・繰り返し行ったリキッドバイオプシーでも、何も出ず・・・「お願い。今度は、肺の本体に針を刺してもう一回生検して
主治医シリーズ①『主治医のこと①初発のときの主治医兼執刀医』20代半ば初発のとき病院勤めをしていた関係で勤めている病院で検査を進めていたでもそこでははっきり「がん」の診断がつかず(細胞診、うまく取れてなかったのよね)3…ameblo.jp主治医シリーズ前の記事『主治医のこと③転院まで』主治医のことシリーズ『主治医のこと①初発のときの主治医兼執刀医』20代半ば初発のとき病院勤めをしていた関係で勤めている病院で検査を進めていたでもそこではは…ameblo.jp待ちに待った大学病院
【初発乳がん多発性骨転移発症しステージ4を宣告されました。異変に気づいてからの葛藤や苦悩や治療についてを綴っていきます】ーこちらは振り返り投稿になりますーようやく5月後半転移先の大病院へ初診なので受付で11時半に入る時間がとにかくかかり診察時間ギリギリ乳腺外科の診察13時も大幅に越えるその後に腫瘍内科も診察予約を入れてくれたマンモグラフィまた?しかも癌の部分はすでにパンパンに張っていてそれを押しつぶすのですか?発狂しそう外科医の診察皮膚の上にかなり押し出されているね皮膚
子ども達の春休みも終わり、私も仕事に復帰しました。気持ちがフワフワしててなかなか更新できませんでしたが、先日病院へ行き病理結果を聞いてきました。病理結果は、癌の大きさは3.5×2.0中分化癌>未分化癌>印鑑細胞癌中分化癌が大部分を占めている中で、パラパラと未分化癌、印鑑細胞癌あり。先生の経験では、混合型の場合でもある程度塊になって未分化癌と印鑑細胞癌があることが多いそうですが、パラパラとばらけているため、今回のESDでちゃんと取りきれたのか判断が難しいところと。深達度は粘膜層までで