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個人的な意見ですのであしからず。DH有【守備】投:先:ダルビッシュ有中:浅尾拓也抑:藤川球児捕:古田敦也一:王貞治二:山田哲人三:落合博満遊:松井稼頭央左:松井秀喜中:秋山幸二右:イチロー指:大谷翔平【打順】1(右)イチロー2(指)大谷翔平3(遊)松井稼頭央4(一)王貞治5(三)落合博満6(左)松井秀喜7(中)秋山幸二8(ニ)山田哲人9(捕)古田敦也先:ダルビッシュ有中:浅尾拓也抑:藤川球児かなり普遍的な打線になってしまいましたね。
私が以前、このブログで書いた、「王貞治の通算756号ホームラン達成」の記事は、後で読み返してみると、一つの記事に多くを詰め込み過ぎである…と、私自身、思ってしまった。そこで、私が以前書いた、「王貞治の通算756号ホームラン」の記事を、いくつかに分け、加筆修正をした上で、一挙投稿している。勿論、一挙投稿の内、どの記事から読んで頂いても構わない。…という事で、「1977(昭和52)年の王貞治(巨人)『通算756号ホームラン』への道」の、一挙投稿の「第4回」を、ご覧頂こう。
アベックホームラン・・・若い人はアベックという言葉自体を使わないかもしれませんがアベックはフランス語で①男女二人づれ②二人ですることの意味。同じ球団のふたりが同じ試合で本塁打を打つと「アベックホームラン」と昭和時代に誕生した和製外来語だ。野球雲記録班のたばともさんが作った「誰と打ったのアベックホームラン」をご紹介。第1回は世界の本塁打王王貞治です。1位はもちろんミスタージャイアンツの長嶋茂雄との106本です。2位から見ていくと、なかなか興味深い結果です
東京ドーム22ゲート"OURGIANTSWILLLIVEFOREVER."ShigeoNAGASHIMA|1974(我が巨人軍は永久に不滅です。長嶋茂雄)22ゲート下にはBIGEGG1988TOKYODOME(最近では聞かれなくなった愛称BIGEGG)22ゲート1塁側階段OHGate(バットと月桂樹のゲート・モニュメント;2014)階段にグラフィックアート(バットを振る王貞治;2022)階段横の壁にゲート・レリーフ(「
「ジャイアンツのこども野球教室」(1977)巨人軍選手がチビッ子に野球を教える短編をU-NEXTで観ました。監督・脚本は福湯通夫。予告編はありません。前年にリーグ優勝を決めて、来季に向けて宮崎キャンプ、多摩川グラウンドでの練習に励む長嶋監督率いる読売巨人軍の選手たち。一方、その近所のガキを集めた草野球チームのリトルジャイアンツはずっと未勝利のへっぽこチーム。雄一(森井信好)は教育ママに遊びを禁止されているため、チームに参加できませんが、応援団長を務めております。そんな雄一は
2025(令和7)年5月28日(水)、私は友人達と共に、東京ドームに、サザンオールスターズのライブを見に行った。現在、当ブログにて、サザンの東京ドーム・ライブの「観覧記」を連載中である。今、サザンは17曲目として、ニュー・アルバムの、『THANKYOUSOMUCH』にも収録されていた、『ミツコとカンジ』を歌い終わった所である。<2025/5/28…サザンオールスターズ、東京ドーム・ライブ観覧記⑤~「クワタとハラ坊」の50年~>(2025/6/16)『2025/5/
2025年12月22日放送分『Qさま!!』のテーマは「昭和の顔ベスト15」。例によって、番組を見ながら、出演者の皆さんと勝手に勝負してみました。今年3月からこの「出演者と勝手に勝負してみた」をやってきて、今回で17回目になりますが、今まで一度もなかった出来事が、今回初めて起こります。(※多分にネタバレを含みます)2025年12月22日「昭和100年総決算!国民5万人が選ぶ!時代を作った『昭和の顔』ランキングBEST15&プレッシャーSTUDYも復活!4時間SP」解答者:池田
先日発売された「週刊ベースボール創刊4000号スペシャル」を読了しました。私が「週刊ベースボール」を毎週購入するようになったのは1990年からで、どうやら1800号あたりのようですので、半分以上は読んでいることになります。定期購読を始めたころはインターネットもなく、今のように情報が簡単に手に入る時代ではなかったため、「週刊ベースボール」から得られる情報は非常に貴重でした。さて、本題にはいると、巻頭の「王貞治さんとイチローさんの対談」に始まり、長嶋さん、王さん、野村克也さんから現
R7年6月3日(火)晴れ読売ジャイアンツ(巨人軍)は1965年(昭和40年)~1973年(昭和48年)まで、9年連続してプロ野球日本シリーズを制覇したことで、「巨人V9(ブイナイン)」と称えられています。この昭和40年、国鉄スワローズ(現・ヤクルト)より、大スターだった金田正一投手が移籍してきます。金田投手の入団は、巨人ナインも見習ってほしいという川上哲治監督の思惑があったと言います。入団後、猛練習を見た巨人選手は「あれだけの実績を上げた人が俺達よりも走っている」と感嘆したとい