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個人的な意見ですのであしからず。DH有【守備】投:先:ダルビッシュ有中:浅尾拓也抑:藤川球児捕:古田敦也一:王貞治二:山田哲人三:落合博満遊:松井稼頭央左:松井秀喜中:秋山幸二右:イチロー指:大谷翔平【打順】1(右)イチロー2(指)大谷翔平3(遊)松井稼頭央4(一)王貞治5(三)落合博満6(左)松井秀喜7(中)秋山幸二8(ニ)山田哲人9(捕)古田敦也先:ダルビッシュ有中:浅尾拓也抑:藤川球児かなり普遍的な打線になってしまいましたね。
以前、私がこのブログで書いた、「王貞治の通算756号ホームラン達成」の記事は、後から読み返してみると、一つの記事に色々と詰め込みすぎであると、私は思った。そこで今回は、私が以前に書いた、「王貞治の通算756号ホームラン達成」の記事を、いくつかに分け、加筆修正(?)した上で、一挙投稿させて頂いている。勿論、何処から読んで頂いても構わない。…という事で、「1977(昭和52)年の王貞治(巨人)『通算756号ホームラン』への道」として、一挙投稿させて頂いているシリーズの、今回
昭和56(1981)年1月、週刊ポスト(小学館)迎春特別号の新聞広告。パッと見た感じ、政治や経済以外となると、プロ野球、大相撲、ゴルフこそが、オトナの話題だったことが理解できる。この手の週刊誌にサブカル的な視点は薄かった。だからこその「サブ~」なんだろうけど。やはり目が奪われてしまうのはプロ野球の現状を憂いつつ、ONと「続・名球座談会」を催しつつ、その左側の名物連載「カネやん爆笑対談」で、体操の岡崎聡子(当時20歳=対談時は未成年の19歳)にド直球なスケベな質問をぶつけている“カネや
今日からは今月はじめの福岡遠征のこと書いてゆきます。すでにお伝えしたよう、前乗り『【レッズ】福岡前乗り』今日はアウェイ福岡戦⚽昨日前乗り✈(こちらは乗った飛行機ではありません😅)夕方にスタジアムで点呼。スタジアム近くでも桜咲いてましたが、昼間にお城(福岡城跡)の…ameblo.jp前乗りしました、福岡についてホテルに荷物置いたらすぐ向かったのはらるきい🍝福岡ではめちゃめちゃ有名店です。今や福岡空港でのお土産定番のひとつです。らるきい監修らるきい監修ペペたまパスタソース
R8年2月15日(日)晴れ昨日に続き、愛媛県松山市は気温19℃となり、昼間は汗ばむような陽気です。こんな日、自宅内で過ごすのはもったいない気もしますが、倉庫や部屋の片付けをするには最適な気温。そんな倉庫の中から、懐かしい雑誌が見つかりました。1980年(昭和55年)月刊コロコロコミック・冬の増刊号です。私も中学生になる頃ですので、流石にコロコロ離れをする頃に当たりますが、当時の人気漫画を読むならコロコロコミックを読むのが一番。特に藤子不二雄作品が多いのもプラスでした(笑)1
東京ドーム22ゲート"OURGIANTSWILLLIVEFOREVER."ShigeoNAGASHIMA|1974(我が巨人軍は永久に不滅です。長嶋茂雄)22ゲート下にはBIGEGG1988TOKYODOME(最近では聞かれなくなった愛称BIGEGG)22ゲート1塁側階段OHGate(バットと月桂樹のゲート・モニュメント;2014)階段にグラフィックアート(バットを振る王貞治;2022)階段横の壁にゲート・レリーフ(「
「ジャイアンツのこども野球教室」(1977)巨人軍選手がチビッ子に野球を教える短編をU-NEXTで観ました。監督・脚本は福湯通夫。予告編はありません。前年にリーグ優勝を決めて、来季に向けて宮崎キャンプ、多摩川グラウンドでの練習に励む長嶋監督率いる読売巨人軍の選手たち。一方、その近所のガキを集めた草野球チームのリトルジャイアンツはずっと未勝利のへっぽこチーム。雄一(森井信好)は教育ママに遊びを禁止されているため、チームに参加できませんが、応援団長を務めております。そんな雄一は
藤井弘1935年9月29日~2018年11月9日広島県福山市出身右投右打、内野手、外野手。広島県福山市出身で盈進商業高校時代に1953年春季広島大会決勝に進出するなど、早くからその才能を開花させた。卒業後は社会人野球の強豪、倉敷レイヨンに入社。ライバルチームの八幡製鉄への移籍話がこじれる中、1955年、藤井の強打を求める広島カープに入団。「プロ野球ならやむなし」として、カープへの道が開かれました。四番打者候補として入団した藤井でしたが、プロのカーブが全く打てず