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『天平グレートジャーニー』上野誠講談社2012年初版この本の著者上野先生は長らく奈良大学で万葉集を研究・講義されてきた学者です。歴史学・考古学・民俗学もふくめて、まるごと万葉の世界を研究されているので、従来の歌の解釈にとどまらない視点をお持ちです。1960年生まれですからまだ60代、この本を著した頃はまだ現役の教授でした(現在は奈良大学名誉教授で、母校国学院大学の特別専任教授)。頭の中には万葉集の索引を備えているのではないかと思われる先生が小説の題材に選んだのは、天平5年(73
奈良の三条通の菊水楼で昼に還暦の会があり家に帰ろうと近鉄奈良駅に向かうと坂の下に「一刀彫」の看板が目に入りました菊水楼そういえば30年も前に一刀彫の雛人形を赤ちゃんの娘に買った事を思い出し見に行く事にしました一刀彫浦弘園店前に行ってみるとえらい優しそうな雛人形下の方では子供が雛人形で遊んでいる木彫にハートを撃たれて大感激!↑こんな変わった一刀彫は初めて見た!奈良土産に1つ買って帰ろうと寄った次第ですどう見ても一刀彫の工房で
ー眸を回らせて一笑すれば百媚生じ、六宮の粉黛顔色なし。世界三大美女のひとりに数えられるほどの美貌を誇ったといわれる楊貴妃。楊貴妃は玉環という名前で719年に現四川省に生まれました。父親は楊玄琰という男で司戸参軍の職にありました。玉環という名前は生まれながら玉環を持っていたのでその名がつけられたというものや、また、広西省の庶民の出身であり、生まれた時に室内に芳香が充満しあまりに美しかったので楊玄琰に売られたという説もあります玉環は〝資質豊艶〟つまりぽっちゃりした美人で歌舞音曲に
今回は後宮で皇帝がどのようにして、一夜のお相手を選んだかについて記載していきます。昔から後宮3千人と言われるように、各皇帝たちの後宮には多くの美女がいました。(三千人は恐らく宮女たちすべてを含んでかな)特にお気に入りの人がいなければ、選ぶのが段々めんどくさくなってくるのか・・・皇帝たちは様々なものを使って一夜の相手を選んでいました。運を天に任せるというか・・・「よきに計らえ」みたいな感じなのでしょうか。また、女性たちも星の数ほどいる中からたった一人ですから、そりゃあ必死にな
今日は5月5日ーー端午の節句ですね。そして、立夏ということで、季節も夏への一歩を踏み出しました。さて、先月の漢詩講座で取り上げた漢詩をもう一首ご紹介します。こちらも杜牧の詩ですが、1月の共通テストに出題されました。「華清宮」というのは、都長安の東に位置する驪山(りざん)にあった温泉地。玄宗皇帝と楊貴妃がたびたび行幸した場所として有名です。*****『華清宮』『HuáQīnggōng』杜牧Dùmù長安回望繍成堆Chá