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1,捨松の帰路明治16年9月鹿鳴館開館2月前亮子「それって誰の身上書ですか?」武子「益田孝さん推薦の子だな。ほら、例のアメリカ帰りの」亮子「ああ、岩倉使節団の」武子「経歴は申し分ない。英語、ドイツ語、フランス語がしゃべれる若手というのも魅力的だ。だが、日本語力が少々ね」亮子「なら、不採用ですか?」武子「しかし、何分にも鹿鳴館は兵力が不足している。戦の前だ。兵は多い方がいい」亮子「殺伐とした社交場ですね」武子「馨さんにも是非にと頼まれている。まったく!男は都合が悪いと全
さて、なんだか2回目になった鹿鳴館の話題。そんなある日、鹿鳴館に現れたのが大隈重信夫人・綾子。ですが、その姿をみた多くの人があ然としました。鹿鳴館のTPOをもちろん洋装です。ですが、日ごろから「洋装嫌い」で通っていた綾子は和服で現れました。これを出迎えたのが鹿鳴館の女主人・井上武子です。実は……これより2年前。政府内で伊藤博文と大隈重信が対立。これを外務卿・井上馨が伊藤を支持したので、孤立した大隈が政府を去る事態となりました。以来、井上と大隈は対立状態にあり。その妻同士が洋装と和