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新・ドラゴン藤波大年表2025432008藤波さん「マッチョドラゴン」に変身、「ドラディション」大会を開催しつつ、夢の対戦を次々と実現猪木の大会で初代タイガーとも初対戦新日本プロレスの「ドーム大会」に出場。まさかの「マッチョドラゴン」に変身。各種団体への参戦、もちろん「ドラディション」のシリーズも開催しつつ、猪木の「IGF」で初代タイガーマスクと夢の初対戦。いよいよ藤波さんの団体「ドラディション」が始まります。これまで、藤波さんの誕生か
新・ドラゴン藤波大年表2025171984年雪の札幌事件。長州力との闘いが新たな方向へそして、「ストロングスタイルはどこへ行ったの?」●ちょっと、ごあんないまもなくデビュー55周年を迎える藤波辰爾選手を応援するブログです。ここでは、藤波のデビュー前からの歴史・足跡を、「年表風に」つくっています。題して「新・ドラゴン藤波大年表」「大きな出来事」や「すごい試合」など「豊富なエピソード」で綴ります。普通の年表との違いは、藤波さんを中心に語っているとこ
新・ドラゴン藤波大年表2025131982年ヘビー級に転向「飛龍十番勝負」もなかなか苦戦ニューヨークで「WWFインターヘビー級」タイトル奪取!藤波は「ヘビー級の証明」をするために「飛龍十番勝負」を闘う。だが、強豪相手に思うようにいかず、焦りも見え始める。そんな中、「WWFインター・ヘビー級」なるタイトルを奪取。これで、「飛龍十番」に代わる路線が見えてきたか、という間もなく、あの「長州の反逆」が始まる。●昭和57年(1982)28歳ヘビー級に
新・ドラゴン藤波大年表2025161983年長州力との「名勝負数え歌」はじめて長州に敗れるも奪回。各種メディアに登場。藤波は前田とのタッグも。長州との名勝負数え唄。藤波は、一度も負けたことのない長州に、ついに敗れ、「失踪」。帰国して、ついにタイトルを奪回するも、納得できず返上も。年末には前田との「新選組」タッグで出場。藤波個人では、テレビ番組への出演も活発化し、多方面に渡って活躍。とにかく、忙しい一年。その後半戦、1983年の「その2」です。
新・ドラゴン藤波大年表2025382003年頭から試合に出場止まらない選手の離脱社長は苦悩格闘技側の猪木との対立、嬉しい大みそかのエキシビション年頭からドームで西村と「究極の無我対決」止まらない離脱選手格闘技のイベントとの葛藤格闘技側に立つ猪木との対立社長の苦悩と嬉しいおおみそかの猪木とのエキシビションマッチ。●平成15年(2003年)49歳1月4日東京ドーム大会藤波は第一試合に登場。西村と対戦。「究極の無我対決
新・ドラゴン藤波大年表20253219981998年師匠・猪木が引退。その日、IWGPヘビー級チャンピオンにも返り咲く。「無我」も開催。SGタッグに準優勝1998年「無我」を主宰し、。猪木引退の日にIWGPヘビー級チャンピオンに返り咲く。SGタッグは準優勝●平成10年(1998)44歳1月4日東京ドーム大会。藤波は、凱旋帰国の西村と組み、小島・中西組を破る。この日、長州が引退戦で5人を相手に闘う。このときの長州の相手は、藤
忌野清志郎スーパースター烈伝(2024年11月の投稿に加筆)アントニオ猪木編このブログのタイトル『忌野スーパースター烈伝』ですが、1980年代に少年サンデーに連載されていた「プロレススーパースター列伝」から頂いています😅。私、この漫画の愛読者でした。よく文中にでてくる、「アントニオ猪木・談」とか、「新間寿・談」は、よく友人たちとの会話で、ふざけて使っていましたね(笑)。梶原一騎が原作を書いていて、実質的には新日本プロレスとアントニオ猪木をプロパガンダする内