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最終章です!似ている、似ている。そう言われ続け否定し続けてきた父タカシ。タカシはすぐにカッとなる。え、そんなことで?あまりにも低い沸点で、地雷の位置が予測不可。・・わかる。似ているんだ。私自身も沸点が低いわけでも地雷があるわけでもなく、違う角度での「共通点」。この旅ではじめてわかったこと。それは私たち親子はお互いめちゃめちゃ究極に「不器用」だってこと。不器用同士だったんだ。不器用、この上極まりない。不器用さの
父に撮られてました📸3ショット📸【ふるさと納税】ドリップバッグコーヒー淡路島アソートセット6種120袋飲み比べドリップバッグコーヒードリップコーヒーファクトリー楽天市場【ふるさと納税】コーヒー粉中挽き淡路島アソートセット3種2kg(500g×計4袋)飲み比べドリップコーヒーファクトリー楽天市場\最安値挑戦★2KG3999円★/コーヒー珈琲コーヒー豆コーヒー粉豆のまま1kg2kgリッチブレンド珈琲豆大容量ベトナムコーヒー送料無料GU
昨日は、父の傘寿のお祝いをしました父80歳、母は今日で69歳2人とも年齢以上にとても元気で、ずっと仲良しで嬉しいです中華のコース美味しかったな伊勢海老のチリソース牛の黒胡椒炒めアワビのオコゲお祝いに、りんたこみっぴブランドのRisMの包丁をプレゼントしましたお祝いに刃物を贈るのは、悪い縁を断ち切って、幸運を切り開くという意味があって、いいそうです喜んでくれてよかった夜波〜yonami〜|RisMpoweredbyBASErism.official.ec27,000
皆様へジンチカ夫婦にたくさんのお祝いコメントをありがとう御座います心より感謝申し上げます。最近ずっと学ぶ時期なんだなと感じていましたそれは当たり前であり当たり前ではない命の尊さそれは一昨年、父が危篤状態になっている時にそれを公表せずに丸鶴冷凍チャーハンのポップアップストアを渋谷のモディで開催していた頃からはじまります。笑顔の元気な父のポスターの前で皆様に心配をかけないように夫婦で気丈に振る舞いながらお客様と接していた時皆様から『丸鶴応援してるよ、頑張ってね、お父様にもよろしく
天に旅立った父は、絵に描いたような昭和の頑固おやじでした。大学生になっても私の門限は夜十時。神戸三宮でご飯を食べ、西宮の自宅へ帰るにも時間がかかりますし、もう一軒寄って門限を少しでも過ぎようものなら、木刀を持って玄関の前で仁王立ち。口答えをすると家に入れてもらえず、当時飼っていた大きな黒ラブの犬小屋で寝たこともあります。――実話です。(笑)母が応募したことをきっかけに、大学在学中にミス日本グランプリを受賞した私にスカウトのお話もいただきましたが、父は芸能界入りに猛反対。東京に出るなどとん
今日は……、いや、今は……82歳父を、病院に連れてきました父「心配かけると思って言わないでいたんだけど…少し前からね、息切れがするんだよ…ちょっと動いただけでもさぁ…。それで、動悸もたまにあったりして…でもね、一昨日から、息切れに効くっていう高麗人参のエキスを飲みだしてから、なんか良くなった気がするんだ。だから…もうちょっと、ようすをみようかと……」私「明日、一緒に病院行くよ高麗人参のエキスが1日や2日で息切れの症状を治す考えづらいでしょ笑」
日航JAL123便墜落事故から、今日で40年。幼い私でも、毎日流れたあの衝撃的な映像は忘れられない。それ以上に心に焼き付いているのは、その520人の命を奪った映像を見ながら涙を流していた両親の姿だった。唯一の子供生存者・川上慶子さん。(他3名は大人)後に、私の父が最期を迎えた兵庫医療センター(今は名前変更した)で看護師として働かれていた。あの日、空を裂いた悲劇の中で、たった一人命をつなぎとめた方が、今度は父の命のそばにいてくれる──それは偶然という言葉では片づけられない、不思議な巡
昨年10月の「認知症の日」イベントで登壇され、ご縁をいただいた南髙まりさんの新刊本が、昨日発売されました。『父と娘ときどき母の認知症日記』南髙まりさんは、日本で一番有名な認知症専門医でありながら、ご自身が認知症になったことを公表され、私たちに「認知症になっても、心豊かに人生を全うすることができる」希望を与えてくださった長谷川和夫先生のお嬢さんです。前作の『父と娘の認知症日記』にも勇気をいただきましたが…続編とも言える本作で…新たな「光明」と「期待」と、「私自身
エレキバンド「南港ベンチャーズ」さん。YouTubeで発見。ドラムを担当されている方は昔、父がドラムを教えていた方だ。随分お若い時だったでしょうに、今活動されているなんてびっくりした。そのことを知ってから、是非聞きに行きたいと思っていた。連絡をとり、ぜひ観に行くと言ってたが、母のこともあり、予定が合わなかったり、行ける時は天候で中止になったり。やっと昨日晴天で催行決定され、観に行くことができた。住之江公園、ミュージックガーデンでの「花と緑のフェスタ」毎年出
私の父は、主任ケアマネージャーとして働いてます☺︎働いてる父の背中って、いつも輝いていて、凄くかっこいい☺︎(なんか感想文みたいな入り出し笑)そんな父の事を娘として誇りに思うけれど、こんなに研修がハードだったとは知らなくて、、その量にビックリどんな感じかというと、まず書類選考で合格したら25時間の動画配信研修を受ける。合格したら、4日間のウェブ研修これも参加態度や事前課題に合格しないとならない。↓合格したら、最後は、約30項目ごとの振り返りと自己評価、さらに
今日は父の命日。あれから13年という時間が流れました。亡くなる一ヶ月前まで、父は大好きなゴルフを楽しんでいました。そしてその日も、本当はゴルフに行く予定でした。最後まで、自分の好きなことを楽しもうとしていた父。青空の下で笑っていた姿が、今も心に残っています。家族で集まると、自然と父の話になります。「あの日もきっと行く気満々だったよね」と、気づけばみんな笑っています。悲しみは、時間とともに形を変えて、今ではあたたかな思い出になりました。笑って父の話ができる今日に、ありがとう。
さくらんぼの木が、我が家には、ありましてその🌸桜が、満開になりました。桜🌸を見ると母と父を思い出します😭🌸大阪の造幣局の八絵桜を🌸父は、いつも見に連れてくれました。癌の闘病が進んで、自分の死期を予感したのか、茨城第二警察病院の桜を見て「来年は、桜🌸見れるかな?」と言った言葉と父の顔を忘れる事が出来ません。私にとって桜🌸は、悲しいお別れの桜になっているのです。涙が、桜を見るたび亡くなった父、母を思い出して悲しくなります。パートナーの優ちゃん(まさる)と桜を見ながら二人でい
前回の続きです!まだ、ただ那覇に到着しただけなのにこの文章のボリューム感。笑合わせて3部作くらいでお伝えしたい、予定!(続く気マンマン笑)だってねそれくらい「ありえない」組み合わせなのよタカシと佳恵は。これまで何度、ブツかりあってきたことか。「タカシが解せぬ」と立ち上がり「それ間違ってるよ!」なんて言うのは奥山家では、私だけ。「ね!みんなもそう思うよね?」振り返ってもダァレもいない感じ。笑なんでみんな華麗にスルーできちゃうの?心配して
家の見取り図は人生の履歴書になるんですね🍃生家を設計施工してくれた小学校同級生のお父様"里見工務店"にも改めて感謝です🙇こうして見取り図を見て初めて、当時の生活の為の知恵が全部活かされていたと痛感しました🌈…切なくて温かい✨*全文を読むには有料のようです!週刊文春『家の履歴書』震災で実家の病院が全壊。薬を集め、診察を続ける父の姿に胸を打たれました。|平松愛理|週刊文春電子版(ひらまつえりシンガーソングライター。1964年、兵庫県生まれ。89年ソロデビュー。「部屋とYシャツと私」で
ワー!2月の旅行記を書いている、まだその途中だけれど今日から4月になっちゃった笑↑笑って全力でごまかし中そんなワケで続きの、続き!タカシと私はね、周りから「すんごい似てる」と言われ続けてきたの。そのたんびに「いや」「ウソ」私、あんなにクチベタじゃない!と思ってた。だってタカシにはキホン主語がない。何を伝えたいかがいつもわかりにくい。何度も聞き返すと不機嫌になって厄介。そのかわり、といったらなんだけど母エッちゃんはペラペラおしゃべり。