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今日の1枚のアート(←勝手に名付けた)I昨年の12月中旬、東博のその年の最後の常設展示にかかっていた作品。●横山大観《無我》1897年(明治30年)部分幼い童子が一人佇んでいて、だから何とも思ったけど、、タイトルの《無我》を表すのに、幼い童子をモチーフに表現しているんですね。考えてみると精神性を表すのに、幼い子供を描いて表現するのには、ただ描くだけでは結構難しいとも思ったりして。その何も考えていないよな顔の表現にしても、ダブダブの着物だ
U新・ドラゴン藤波大年表20252519901990年腰痛による長期欠場から、奇跡のカムバックドラゴンボンバーズ「藤波辰爾」に改名年末に長州に勝ちIWGPヘビー級タイトル奪取9月25日●平成2年(1990年)36歳平成2年(1990年)腰痛による長期欠場から、奇跡のカムバック●平成2年(1990年)36歳年が明けて、1990年藤波は、腰痛による長期欠場が続く。治療に専念。常に、肉体的精
新・ドラゴン藤波大年表2025311996ドームで天龍と一騎打ち、鼻に重傷をおう。精力的に「無我」の興行、他団体への進出、「新龍王伝説シリーズ」の主役、朝のテレビ小説や、各種「テレビ出演」と大奮闘の年。。ドームで天龍と一騎打ち、鼻に重傷をおう。だが、精力的に「無我」の興行、他団体への進出もすすめる。新日本本隊では「龍王伝説シリーズ」の主役をつとめ、朝のテレビ小説「ひまわり」や、各種「テレビ出演」と大奮闘の年。。
あるものはある。あらぬものはあらぬ。真に「あるもの」(存在)は、唯一、不生不滅、不変不動である。(パルメニデス)あらぬものについては語ることなどできない。「あるもの」の住人である我々は、あらぬものとは全く無関係である。故にあなたはいたずらに「死」を恐れる必要などない。死とはあなたが「妄想」するような、喪失ではなく、有(ある)の中の一つの変化に過ぎない。なぜなら、「あるものはあるだけ」なのだから。そもそも、生きているあなたの体験は「生の中だけ」にあり、そのあなた