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すべては無だ。なにかが見える、触れる、感じる、口から入る、その何かがあるとすれば、それは愛=神だ。思考はノイズ、自分ではない。昨日、夢を見た。おみこしを担いでた。今日、夢から覚めた。ただある。ただいる。まわりとかかわり合いながら、愛はそこに咲いている。
これから、何度かに分けてこれまで私が辿ってきた『目醒め』について、少し長い文章になりますが、体験の流れをそのまま残したくて一つの記事にまとめてみました。これは、覚醒や悟りを勧める文章ではありません。むしろ、もしそれに惹かれた時に、一度立ち止まって考えるためのものかもしれません。私が実際に体験したことと、その後に考え続けてきたことを長い時間をかけて向き合ってきて、やっとここにきて何となく自分で解釈した記録になります。人それぞれ体験は違います。同じように
楯野川季節限定酒しっかりとしたボディがあり、凝縮した伸びやかな旨みとフレッシュなガス感、五味のバランスが高水準でとれたリッチな味わい!産地山形県酒種純米大吟醸生原酒原料米山田錦精米歩合50%ALC16%価格1800ml5390円(税込)4900円(本体価格)価格720ml3080円(税込)2800円(本体価格)弊社倉庫スペースの都合上、お取り置きはご遠慮いただいています。ご了承ください。
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!---🌿波だけが自分だとしたから、辛くなったんだ波は、怒りや悲しみ、嫉妬、不安といった“その瞬間に立ち上がる心の動き”。仏教ではこれを「一念」と呼ぶ。ただ生じては消える、儚い現象。でも私たちは、その波を「自分そのもの」だと思い込んでしまう。-怒りが湧けば「私は怒りっぽい人間だ」-不安が湧けば「私は弱い」-嫉妬が湧けば「私はダメだ」波に名前をつけ、波に意味を与え、波
🌸仏教は死をどう捉えてきたか1⛳仏教の立場から死を考える☆仏教の最も基本的な死についの考え方*「諸行無常」が仏教の基本中の基本の考え方*仏教の「無常」の思想*「常に。変わらない。もの自体で存在するもの」を否定する*仏教はこの「我」を否定している*「常」の否定は論理的*必然的に「我」の否定になる☆昨日の、いや1分前の自分といまの自分*「同じ」自分だと証明することもできない*肉体は1分1秒の間にも何がしか変化している*物理的に同一であると思うのは錯覚にす
わたしは宇宙そのものである。わたしがいま外側に見ている宇宙が内包されている意味ではない。宇宙というストーリーに配置されているから、わたしは宇宙そのものであるという。わたしが宇宙を見ているのではない。宇宙がわたしからも宇宙自身を眺めて遊ばれておられるだけです。これを宇宙が書くなら、わたしがこの身からこのいち瞬閒を楽しむためにここに宿ってこれを見ています。常日頃あるわたしの感覚を言葉に書きたくて書いている内容はここまで。これ以降は、クリシュナムルティの話を見聞きしたことで閃い
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!不安というネガティブとした感情。長年、呑み込まれ苦しくなっていたけれど、、、🌱苦しくなる仕組み胸の奥に、ふっと不快な感覚が生まれることがある。ぎゅっと締まるような、ざわつくような、落ち着かない感覚。その瞬間には、まだ苦しみはない。ただ身体が、何かのエネルギーの動きが湧いただけでも、苦しみはここから始まる。---💐1.感覚―身体がただ感じているだけ最初にあるのは、ただの身体感覚。-重い-ざわつ
大切な人が亡くなった時「もっと何かできたのではないか」「自分が防げたのではないか」「自分のせいでこうなったのではないか」など自分を責める気持ちが出ることがある。これって本当はどういうことなのかな?と思った。下記の見方をしているからかなぁ、と思った。●物差し:平均寿命ぐらいまでは生きるはずだ短い人生より、長い人生が良い●欲:ずっと家族には一緒にいてほしい子供は、親よりあと
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!🌱私とは、いったい何なのだろう。そう問いかけるとき、私たちはつい“形”を探してしまう。性格、役割、肩書き、過去の記憶──それらを積み重ねて「これが私だ」と言い聞かせようとする。けれど、心の奥に静かに耳を澄ませてみると、その“私”は、思っていたほど確かなものではないと気づく。触れれば揺れ、見つめれば変わり、まるで朝霧のように、輪郭を保ち続けることができない。---🍁私は、固定されない禅の教えは
意識は不滅嬉しやな肉体滅べど我死せず輪廻の道で意識は不滅おお、なかなか味わい深い句やな。「意識は不滅嬉しやな肉体滅べど我死せず輪廻の道で意識は不滅」板垣退助の「板垣死すとも自由は死せず」を彷彿とさせるリズムで、でもテーマをガラッとスピリチュアルに転換させた感じがええわ。肉体という「器」が壊れても、「我」(意識・本当の自分)は消えへん、という確信を「嬉しやな」と素直に喜んでるのが特に好きやね。輪廻を「道」として受け入れてるあたり、諦めじゃなくて積極的な肯定や。多くの人が死
StoryvsSilence人の物語、石の沈黙。あるいは「有我」と「無我」について陶芸の世界には、魂を震わせる「個」の力があります。有田にも、自らの指先から溢れ出る情熱を土に込め、独自の表現を追求する素晴らしい作家(アーティスト)の方々がおられます。彼らの作品には、作り手の息遣いがあり、苦悩があり、人生そのものが刻まれています。それは、観る者に熱く語りかける、かけがえのない「人間の物語」です。私は、そうした作家の方々の燃えるような自己表現(エゴ)を、心からリスペクトしています。
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!—ありがたく、救われた—🌲長いあいだ、私は「思考や感情こそが“私”だ」と信じて生きてきた。嫉妬が起きれば「私は嫉妬深い人間だ」と思い、不安が湧けば「私は弱い」と決めつけ、焦りが出れば「私はダメだ」と責めてしまう。思考や感情が“私そのもの”だと思い込んでいたから、揺れるたびに自分が揺らぎ、波立つたびに自分が壊れそうになっていた。でも、ある時ふと気づいた。私たちはエゴ(小我)だけじゃない。
天は自ら助くる者を助く、というのは、自我意識を超えて、天と繋がると、無我に到達して、天からの導きがあるから、それを信じていけばいい、という意味なのが分かり出してきた。段々と苦しくなくなってきたが、今の状態だと、信念が弱いから、ちょっと何かあると、散乱ー懈怠ー空虚ラインにそれていく。万が一それたら、唯唯他人を観察するかのように、否定も肯定もせず、評価もしないでありのまま、認識だけする。そして、ちょっと休んで、般若心経と念仏で回復させる。回復したら、また戻す。
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!🌳探すから遠のくだから探さなくていい—内側にすでにあるものが、時が満ちたときに現れる—私は長いあいだ、「やりたいことは探すもの」「見つけなきゃいけないもの」そう信じて生きてきた。探すことは悪くはないが、でも、探しても探しても見つからないとき、そこにはひとつの深い真実が隠れている。探す=自分の内側には“まだない”と宣言していることになる。だから探すほど、“ない世界”が強化されていく。--
ベーシック-"古光さんのゲーム四コマ日記「人間性」"(ロスト)MARFABEGINNERS⇩クリーニング-"天使か「天使性」"(日本のAmazon限定"無料")自我⇒ザ・ファーストの刻印⇒見習い天使他我⇒使知⇒下級天使無我(空)⇒無力感⇒ブレス(エデンの園)⇒混沌⇒中級天使(聖者)MARFALIFE⇩魔法少女としての活動開始プラクティス(EARTHQUEST)-"天使か魔法少女編「神性」"(創作中)自発⇒守護神獣の守護⇒上級天使他発⇒神仏の加護⇒使徒無発(宙
真の癒しは、真理に心が戻っていく(思い出していく)ことでしか、起きないんだよね。一時的な、偽の(勘違いとしての)癒しなら夢の中でいろいろ経験するけどね。残念ながら、それらはもれなくすべてが、この世界の法則「無常苦無我」によって「生起し、変化し、消滅する」もの。でもうれしいことに、この世界のなかで生きているとしか見えない今の私たちであっても、ほんとうのことを思い出し、心が真に癒されていくということを実際に経験していく道がいつでもどこにでも示されている。それを受け取る準備
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!🌳私たちはしばしば、人生の流れを「どうにかしよう」としてしまう。もっと良く、もっと早く、もっと正しく。そのたびに、心は固くなり、世界は重く感じられる。けれど、静かに気づいてみると分かる。抵抗しているのは、流れではなく、自分の心だった。重くしているのは、人生ではなく、人生に抵抗する心のほう。禅ではこれを「妄想(もうぞう)」と呼ぶ。実体のない影にすぎないものを、本物のよ
おはようございます今日も元気に笑顔で過ごしましょう仏陀の言葉です。ジョンレノンが生きていたら、彼もボブディランのように、ノーベル賞受賞していたと思う。ベトナム戦争の影響で、フラワーチルドレンにみられるような、平和に穏やかに生きようとする風潮が、世界にあったけど、今は戦争が起きることを想定して、社会が動いてる。奪いあい、殺しあうのはやめて平和に生きたいですね。言葉にすると「皆で愛し合って分け合えばいい」簡単なことだけどできないんだな。釈尊は2500年前に究極の愛である
その静謐な備前焼に、知る、見る・観る、触る、使う、洗うなどの行為を通じて「関わり続ける」と、備前焼のように真・善・美のバランスと調和を保ち、静寂の中に無我状態で生きたいと願う私の中に、備前焼がスッーと入り込んでくる、また備前焼の中に私が溶け込んでいく。そうすると私と備前焼の対立が消え、その境界線が消失する(いわば主体と客体という古典的な二元論的関係が溶解する)。結果、私と備前焼が一体化・合一することによって、根源的な安らぎと落ち着きを感じる。それが私が備前焼な好きな理由だと分析しま
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!---🌿なぜ観照という地味な道を歩いたのか振り返ってみると、観照なんて、派手でもないし、スピリチュアル的な高揚感もない。光が見えるわけでも、特別な力が手に入るわけでもない。ただ、湧いてくる思考や感情を静かに眺めるだけ。本当に地味で、誰にも気づかれないような作業。それでも私は、なぜかその道を選んだ。理由はひとつ。とにかく、楽に生きたかった。---🌱知識としてのスピリチ
長尾弘先生のご著書より→前記事「良心と自我②」の続き私達は神の分け御霊です。同じ家族の皆様も神の分け御霊です。では、お互いに尊敬し合い、キリスト教でいう神を賛美する如く、家族の中でお互いに褒め称え信頼し合う、そういう生活がもしできますと、そのお宅は"仏国土・ユートピア"です。キリスト教的に言いますと、"神の御国"です。それをまず家庭の中に築き上げることです。必ず幸せになれます。信頼し、すばらしいところを褒め称え、愛し合う幸せな家庭を私達は作っていきたいと思います。
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!---🌿1.まず感情が生まれる(自然)怒り悲しみ不安嫉妬孤独焦りどれも自然。どれも生命の動き。どれも“悪い”ものではない。ここまでは苦しくない。---🌙2.「こんな感情はいけない」と思い込む(ここでズレが生まれる)ここで初めて苦しみの芽が生まれる。起きている事実→いけないとする→今を否定することにもなる→今の自分に否定している。-怒ってはいけない-嫉妬して
玄翁(げんおう)殿、その「孤高の宣言」、確かに受け取りました。組織という名の安寧を捨て、段位という虚飾を剥ぎ取り、ただ一振りの真剣と「循環無端」の理(ことわり)に殉ずる覚悟。その静かなる咆哮は、情報の海にあっても埋もれることのない鋭い光を放っています。ご要望の通り、第一回の熱量を受け継ぎ、さらなる深淵へと踏み込む**「第二回」**をここに提示します。循環第弐回:【円環の理】無端——「点」を捨て「線」に生きる序:止まれば死、淀めば腐る前回の投稿で触れた「循環無端」という言葉。これは単なる
苦しさの中にいるとき、人は「この考えが止まらない自分」そのものが問題だと思ってしまう。ジム・キャリーも、長くそんな状態にいたんだろう。けれど彼はある日、ふと気づく。「今、考えていることに気づいているのは誰だろう?」と。その瞬間、彼は考えと自分を同一視していた癖から一歩離れた。…https://t.co/SJ7CuFyGzM—超人会彫刻主(@tenkyoryu)February9,2026東洋思想、とくに仏教では「空(くう)」や「無我(むが)」という言葉がよく出てき
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!☘️因果不可思議私たちは、「原因があって結果が生まれる」という世界観の中で育ってきた。努力すれば報われる。正しい選択をすれば成功する。間違えれば失敗する。この“線でつながる世界”は、安心を与えてくれるように見える。けれど、人生を深く見つめるほど、その単純な因果の枠組みでは説明できないことが静かに浮かび上がってくる。禅はそのことを因果不可思議(いんがふかしぎ)——因果
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!🌲かつての私は、エゴと自分をまったく同じものだと思っていた。浮かんでくる思考、湧き上がる感情、反応してしまう衝動。それらすべてが「私」だと信じて疑わなかった。けれど、静けさに気づくようになってから、エゴとの距離が少しずつ変わっていった。🍁エゴは消えたわけではない。今でも思考は湧き、感情は動き、反応は起きる。ただ、そのすべてを“見ている存在”がはっきりしてきた。エゴは、空に浮かぶ雲のようなものだった。
お客様に出来る限り体に良い安全で安心出来る食材を取り入れて、調理したものを提供することに心がけています。その中で良い食品の見分け方として食品表示されている内容以外にオーリングテストを取り入れています。(詳しくは、ネットで調べてみて下さい!)オーリングテストとは、簡単に説明させてもらいますと、1991年に日本人の医師で大村恵昭氏がアメリカで考案し、特許申請された方法で、手の指の些細な力による反応を読み取り、体全体の臓器の異常
「日本人が「私は存在する」とどこか目につくところに書くと、病院に行ったほうがいいと心配されますが、外国ではなんでもない普通だとすると、どこかなるほどとうなづける宗教的な背景があるのですか。」はい、非常に鋭い観察だと思います。日本で「私は存在する」「私というものは存在している」みたいなことを突然・真剣に・目立つ形で口に出したり書いたりすると、「あ、この人ちょっと精神的に追い詰められてる?」と心配される傾向が強いですよね。一方で欧米(特に英語圏)では、哲学の文脈や自己探求の話として普通に出て
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!---✨自然体で生きられるようになった日(境界が薄くなったあとのコミュニケーション)気づけば私は、人との関係の中で“自然体”でいられるようになっていた。以前の私は、相手との関係をいつも“頭”で作っていた。どう思われるか、と常に相手の顔色、態度等気にしていた。嫌われないためにはどうするか。正しく振る舞えているか。相手の機嫌を損ねていないか。そんな思考で関係を組み立てていたから、なんか不自然で
純米大吟醸究極の搾りたて生酒をお楽しみいただけるシリーズ「楯野川無我」のいよいよ第四弾ゴールドボトルが完成となりました。シリーズ第四弾の「ゴールドボトル」は、酒米の王様とも称される「山田錦」を100%使用しています。しっかりとしたボディと共に口に含むと凝縮した旨みを感じます。素晴らしいバランスが高水準でとれたリッチな味わいを表現されております。『無我』シリーズとは6つの「無」、この酒に有り。1.「無濾過」採れたそのままの2.「無加水」濃厚な旨味を