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「人生は苦である」この世の真理を表現した言葉。目にすることもあれば、耳に入ることもあるこの言葉。恥ずかしながら、私はこの言葉の意味を味わい、体験して「その通りだ」と分かったのは、ずいぶん年を取ってからだ。「え?そうなの?では、ずいぶん恵まれて、幸せで、守られて生きてきたんですね」と思われそうだけれどそうではない。そうではなくて、愚かすぎてその真理に気づくことができなかったのだ。おてんばだった幼少期負けず嫌いな思春期我儘な青年期社会の荒波を知
心のまま躍動するミー自分の心について考えてみました。私が一番厄介だと思っている「怒り」怒りの感情が湧き上がったら、一旦立ち止まって、その次の行動を選ぶ。これは、私もこれまで何度も体験実践してきたことです。でも、もし自分の身に危険が迫っているような状況だったら、私は本当にそんなに落ち着いて対処できるのかな……。そんなことを考えていたら、昔のことを思い出しました。父は母から「瞬間湯沸かし器」と言われるほど、すぐに怒る人でした。仕事でうまくいかないことがあると、何かの拍子に家で母や私に
師匠から、真解学を学び、東洋思想の教えを学び、復習をしていても、他人のなんて事ない一言に、『ん???💢』と反応してしまう私。学ぶ前は、その反応した心のままに凄い形相で、一言発射!からの連射!!!でしたが、今は連射はやめられている(ハズ)連射してしまったのは、こうあるべきというべき論と、自分と他人の境界線の取り方を間違ってたから。いらなかったその一言で、失ってしまったものがある。自分で氣づける分はしれてる。氣づかないことの方
「心は育てるもの」光静先生に教えていただくまで、そんな風に思ったことはなかった。私の心の感じ方は、生まれつき。なんなら、父親の欠点をそのまま受け継いでいるから、父のせいにして、うらんでいた。光静先生が、受刑者の方との面談時のお話を、ブログに書かれている。(光静先生は、篤志面接官として受刑者の方への指導をなさっている。)読むと、いつも胸がザワザワする。他人事とは思えないのだ。私は実行に移す縁に巡り合わなかっただけ。そう思う。そして、縁が重なったとき、心に従っ
いつものように、卵を焼き、おかずを詰めて、そのお弁当を子どもに持たせて「いってらっしゃい!」と送り出した。そして午前中、いつも通りの時間(週に一回の早お迎えの日)に園へ到着。先生が私の顔を見るなり、ホッとした表情でこう言った。「お母さん、お迎えに来てくれてよかった〜!今日はお弁当いらない日(午前保育)だけど、お弁当持ってきてたから、いつものお昼があるときの時間まで迎えに来てくれないんじゃないかとヒヤヒヤしてたんですよ〜!」……ん?「あ……たしかにお
お久しぶりです。ミヤコです。先日、瀧本光静先生のブログを読んだ時、ふと「普通ってなんだろう?」って考えさせられました。そのきっかけになった、瀧本先生のブログがこちらです。瀧本光静先生のブログはこちら「普通に暮らしたい」と言った男に私は聞いた|一番短いお説法「普通に暮らしたいです」その男性は言った。声は静かだったけれど、その一言だけは、妙に強く残った。私は少し間を置いてから聞いた。「普通って、どんな暮らしですか?」彼は一瞬、こちらを見て、少し考えるように視線を落とした。「普通は