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先日、公民館で行われている”漢詩を作る勉強会”に行ってきました。忘れないうちに、教えてもらった内容をまとめたいと思います。この会は、漢詩を作る、という漢詩とはなんぞや?もようわかっていないふーみーには、ハイレベルな会なのですがとにかく漢詩について知りたいので参加していきたいと思っています。中国ドラマ時代劇にも、よく引用される漢詩。それがもっと理解できれば良いなぁ~と思っています。今回、ジャン子さんも一緒に参加して私たち初心者のためテキストもいただきました。この
気になる漢詩将軍有異声進兵萬里裡争知臨敵処道勝却虚名いつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!ある人からおみくじの話を聞いたので何かお役にたつ方もいらっしゃるかと思って書いておきました。きちんと比較をしていませんが、お寺は漢詩、神社は和歌が書いてあることが多いと感じます。今回のものはお寺のものです。26番または84番で出て
2ヶ月ちかく、迷っていたけど、いつもの本屋さんに頼みました。おもしろいです。というか、本を読めなくなってきたのに、読める。『いつかたこぶねになる日』の続編、というのは、買ってから気がついた。漢詩の原文(漢字だけ並んでる)がちゃんと出ていて、中国の作者(昔の人も、わりと近頃の人も)も、日本の作者も、ちゃんと後ろのほうに、註で、紹介されている。(うれし~)そして、著者の和訳が、ステキな詩なんです。やっぱり、中国ドラマのせいです。ドラマの主題歌や、中で流れる曲が好きになって、ユ
昼夜逆転の生活になりつつあり、これではまずいと一念発起、今朝は7時前に起床しました。早起きは三文の徳といいます。書いてみて得ではなく徳なんだと、初めて知りました。改めて意味をAIさんに教えてもらいました。↓三文(さんもん)の意味:江戸時代に使われた小銭の単位(一文銭3枚分)で、現代の価値に換算して約60円〜100円程度のごくわずかな金額を指します。大金が手に入るわけではなく、「ほんの少しの得」という意味です。漢字の違い:「徳(精神的・肉体的な良いことや恵み)」
村重を詠んだ頼山陽(1780-1832)の漢詩信長が村重に見せた「刀の先の饅頭」という威圧的な行為が、後に村重の謀反、明智光秀の本能寺の変に連なり、信長の最期に重なるという、非常に鋭い皮肉が込められた詩です。月岡芳年《本朝智仁英勇鑑》より「織田上総介信長」、市立伊丹ミュージアム蔵大意いい男だ。(刀の先の饅頭を口で受けてくらうとは)摂津の口の十三郡。お前の切り取りにまかせよう。せっかく摂津を切り取ったお前だが叛いたので殺すことになった。叛くに一言があってしかるべきだ。私(村重)は
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー左大臣[さだいじん]時平[ときひら]p.73〜74〔43〕菅原道真と朝政を執る道真の左遷このおとどは基経のおとどの太郎なり。御母、四品弾正尹[しほんだんじやうのゐん]人康[さねやす]親王の御女なり。醍醐[だいご]の帝の御時、このおとど、左大臣の位[くらゐ]にて年いと若くておはします。菅原[すがはら]のおとど右大臣の位にてお
自分が死ぬ時に心の底から「有難う」と言って死んで行きたい!鈴木格禅・師の示された「真事・誠・マコトの道」へのお示し。それを、目の前で、間近で聞いて、その意味が理解できなかった。道元和尚の生き方と、違っていると、その場で、ハッキリと感じた。御恩になった人々、一人ひとりに会って、直接、お礼を述べたい、と必死に訴えていた。癌が全身に転移していて、車椅子に乗って、広い会場に、運ばれてきて、その車椅子にそのまま坐ってでの、最後の「正法眼蔵」の、5日間の連続提唱だった。