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今日は弟と二人で広島護国神社に行きました。いつもはほとんど乗降りする乗客がいないアストラムラインの駅も、今日だけは大勢の客が降りていました。向かっていく先は皆同じです。入ると「毛利輝元没後400」と書かれたのぼりがありました。広島城を築いた大名でした。私的には、関ケ原の戦いの時に西軍の総大将に仕方なく祭り上げられた人物としての印象が強いです。(数年前に、勝手にリーダーに祭り上げられる人物ってどんな人なのだろう?自分がそのリーダーになれないのかな?と真剣に考えたことがありま
こんにちは。ご無沙汰です。ギックリ腰はだいぶ状態は良くなっており、左ヒザは一歩一歩・歩く度にポキポキなるため歩くのすら恥ずかしい現在である私ですが、皆さま如何お過ごしでしょうか。さて、前回の広島小旅行のまとめ編をやって以来、少し経ちましたが、今回からその本編をやっていきたいと思います。実質的な広島小旅行1回目の今回は、その旅行の第一目的の銅像に会うことからスタートです。毛利輝元(広島城)今年(=2025年)の4月に建ったばかりの武将銅像。輝元さん没後400年ということで、新設さ
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、