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令和八年六月中旬、埼玉県入間市豊岡三丁目七の三二にある愛宕神社に行きました。西武池袋線入間市駅から近く、入間市の中心部分にあるといってよい場所ながら、木々に囲まれこんもりしており、街中なのに静かで、町の歴史ある神社という雰囲気そのものです。しかし、私がこの神社の興味を持ったのは町の中心部の神社だからというわけではなく、その神社にまつわる歴史上の出来事と、神としてまつられている歴史上の人物のことです。南北朝時代、関東で南朝方として奮戦し、北朝方を恐れおののかせながらも、多摩川の「矢口
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は藤原氏の始祖・中臣鎌足の母方に注目して系図を見ていきたいと思います。画像はChatGPTに作ってもらった中臣鎌足(藤原鎌足)と母方の親族たちです。中臣鎌足の父方である中臣氏は古代の祭祀豪族で、鎌足の活躍で大夫から大臣を出す家柄となりましたが、それ以前に国政の中枢にいた人はいません。対して鎌足の母方である大伴氏は
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は平安時代の伊予親王の変(伊予親王事件)の関係系図を見ていきます。伊予親王は桓武天皇の皇子でしたが、異母兄・平城天皇の御代に謀反の疑いで捕えられて母・藤原吉子とともに幽閉され、母子ともに毒を仰いで死去しました。高貴な生まれながら、悲劇的な最期を遂げた皇子です。この伊予親王の変は一般的にはあまり知られていませんが、
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。本日は加賀藩前田家三代当主にして、加賀藩二代藩主の前田利常の系図を見ていきたいと思います。前田利常は江戸時代前期の大名で、加賀藩の藩祖・前田利家の四男です。異母兄の利長の養嗣子となって家督を継ぎ、加賀藩前田家三代当主となりました。寛永の危機で江戸幕府から謀反の嫌疑をかけられるも、これを乗り切り、家領を守り抜きました。
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は百人一首歌人の藤原道雅の系図を取り上げていきたいと思います。藤原道雅は平安時代中期の公卿・歌人で、中古三十六歌仙の一人です。藤原伊周の嫡男で、祖父は摂政関白・藤原道隆でしたが、中関白家の没落により、道雅自身は四十年近く従三位のまま留め置かれ、昇進出来ませんでした。暴行事件の常習犯で、敦明親王の従者に暴行を加えた
本日の選挙、横浜でも雪が舞う中での投票でした。結果はご存じのとおりです。大雪の地域に比べればまだましでしたが、投票に行かれた方々、お疲れさまでした。「昔の写真が動き出す!AIでよみがえるあの人たちの姿」今回はいつもの映画やグルメの話題とは少し趣向を変えて、AIでよみがえる偉人や昔の人々の動画をご紹介します。最近、YouTubeやショート動画でよく見かける、“昔の写真が若返ったり動き出したりする”あの映像。年配の俳優さんが若かりし頃の姿に変化したり、写真でしか知らなかった
読書が趣味のぱんだ(´Д`)。今回は気になっていた女流歌人たちの本を読んでみました。スタバで朝読書。近藤香『俊成卿女と宮内卿コレクション日本歌人選050』笠間書院、2012です。俊成卿女と宮内卿は、式子内親王とともに『新古今和歌集』を代表する女流歌人です。この本に従って、両者を簡単に紹介します。まず俊成卿女は、尾張守藤原盛頼女で、母は藤原俊成女・八条院三条です。八条院三条は藤原定家の同腹(母は美福門院加賀)の長姉であり、俊成卿女は定家の姪に当たります。父の藤原盛頼が鹿ヶ谷の変