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今週も、朝日歌壇の主役は松田梨子さんであった。永田和宏氏選第4席、佐佐木幸綱氏選第1席、高野公彦氏選第5席、3選である。私にもふわりとやって来た不思議生まれた家を実家と呼ぶ日(富山市松田梨子)生まれ育った家を離れて暮らし始めたときから、その家は「実家」となる。大学入学や就職が、その機会となることが多い。その場合、自分の意志で決めることなので「ふわり」とやって来ることもないし、「不思議」でもない。梨子さんは大学も自宅か
7日(日)の朝日歌壇から、わたしの心に残ったいくつかの歌について書こうと思う。「良かったね」「柿の実いっぱい食べようね」熊の親子の最後の会話(酒田市今井喜代)永田和宏氏選、第3席である。結句の「最後の会話」が悲しい。クマが街に出没してヒトを襲う話題を、連日テレビや新聞で目にする。今や人間にとって、クマはすっかり害獣である。クマは、人間に恨みがあって襲っているわけではない。山に食べる物がなく、しかたなく人間界に下りてきて、運悪く人間と
27日の朝日歌壇に、篠原俊則さんのこんな歌が載っていた。永田和宏氏選第7席である。教え子の頬打つ刹那の感情に負けし自分を今に忘れず(観音寺市篠原俊則)かつて体罰は有効な教育の手段だと信じられていた。「愛の鞭」という言葉もあった。とんでもない話である。暴力で子供の心を支配するのは、教育でもないし、愛でもない。わたしが教育産業に足を踏み入れた時代は、スパルタ教育が幅を利かせていた。学習塾でも怒声やビンタは普通の光景であった。