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今年は終戦から80年が経過。戦争の愚かさや悲惨さ、核廃絶が各地で訴えられています。1945年3月10日、約300機のB29が東京上空に飛来し、33万発以上の焼夷弾を投下。江東区・墨田区・台東区の下町は一夜で焼け野原となり、10万人が命を落とした。さて、ここで東京大空襲の被害地図を改めて眺めると、奇妙なことに気づきます。東京中心部に、なぜか「無傷」で重要な施設があるのだ。「無傷」だった施設戦争における爆撃の常識を考えてみよう。攻撃すべき最優先の目標は、
「腰の辺りが重いんです」そう話していたXさんは、その後、足の痛みが強くなってきたといいます。病院で診てもらいましたが、身体には特に悪いところはありませんでした。そこでサマンサが視てみると、Xさんの足首には、人間とは異なる存在がまとわりついていました。半人半狐のようにも見える、得体の知れない姿です。サマンサはその存在を身体から取り除き、祓いました。すると、足の痛みは少しずつ和らぎ、やがてXさんは、いつの間にか痛みそのものを忘れていたそうです。では、そこにいた存在は何だったのでしょう。
今日、富山から帰ってきましたー、ゲイパパです今回の富山行きには二つ目的があったの1.長らく逢ってなかったノンケ友人との再会東京の大学を卒業されてから東京でお仕事されてたんだけど20年くらい前だったかしら?郷里の母校の教員になられたのそして今年、教頭になっちゃった(本人談)って(笑)ってことで昇進()のお祝いついでに再会しようと思って行ってきました寿司王国、富山の寿司も食べたかったし港の海鮮丼も食べたかったし富山ブラックラーメンもそそられてたし
皆さまこんにちは、ダークダックス館林音楽館です。前回に続き、8月8日に旅立たれた高木敏子さんを偲び、高木さんの原作をもとに、杉紀彦さん構成・服部克久さん作曲・ダークダックスによって発表された合唱組曲「ガラスのうさぎ」の思い出をご紹介します。【当時18歳だった渡邊幹代さん】お話を伺うことが出来た渡邊幹代さんは当時、劇団若草に所属してらっしゃったそう。昭和60年3月5日に放送された「NHK歌謡ホール」での舞台。ダーク4人と渡邊さんがハーモニーと朗読に乗せ、日本のごく普通の家庭の日常、疎開、空
#シン・キネマニア共和国#烏丸せつこ#菜葉菜#白川和子#岩本崇穂東京大空襲の惨禍を現代の目線から振り返る戦争と記憶の映画。小さな作品ですが、戦前化が加速している危険な今の時期、真摯な訴えに共感できました。正直、ドラマとしての弱さは感じつつ、それを凌駕する烏丸せつこ×菜葉菜、個人的にも大好きな二大女優のコンビネーションにほっこり。さらには白川和子が登場したときのカタルシスたるや!(もう大号泣!)まさに女優たちの映画でした。『八月の社』東京大空襲で失った父の工場跡地を探す老婆と宿
待ってました!やっと林千勝さんが登場しました私は随分前に林さんのこの説を聞いていたので、それまでの疑問がすべて腑に落ちましたそもそも同じ放射能という事で素人ながらチェルノブイリ事故との比較をしてみても違い過ぎるんですよ広島や長崎の草花や自然にはほとんど異変が見られない被爆者は何故か長生きしてる、奇形児もほとんど発表されない爆心地なのに建物や樹木が残っている、クレーターも存在していないなどなど数え上げればキリがないんですよねそれゆえ、原子爆弾ではないんだろうな
今日は終戦記念日。親類で戦争を直接知ってる人たちは既に鬼籍に入ってるか、もう歳がいきすぎて記憶にない歳になっているかで、いろいろ聞いておけば良かったなと思うのですが、平和がずっとあるもんだと思ってましたので(そうじゃなかったけど)、自分の呑気さにあきれます。私の実家や母の実家は東京寄りの埼玉ですが、東京大空襲の時祖母は東京の空が真っ赤だったと言ってました。大きなビルがなかったから遠くまで見えたんだな・・・と単純に考えていましたが、そのぐらい火が燃えあがっていたのでしょう。被害の被害の中心は現在
海老名香葉子さん死去エッセイスト、落語家・初代林家三平さんの妻:朝日新聞落語家の初代林家三平の妻でエッセイストの海老名香葉子(えびな・かよこ、本名海老名嘉代子〈えびな・かよこ〉)さんが24日午後8時38分、老衰のため死去した。92歳だった。葬儀は家族葬で行った。「お別れ…www.asahi.com暮れにまたえらい人が亡くなられましたね。海老名香葉子さん。先代の林家三平夫人、当代の正蔵、三平、もっと言うと、海老名美どり、泰葉の実母、峰竜太の義理の母、国分佐智子も義母、春風亭小朝の元義母。