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今日の写真は2026年4月30日の散歩風景吉野工芸の里から車でここ道の駅「一向一揆の里」へ移動した。「一向一揆歴史館」や「農村文化伝承館」等での白山麓の歴史、文化に親しめる。直売所「食彩館せせらぎ」では、地元採れたて野菜や山菜、鳥越産の美味しいお米、堅豆腐、油揚げ、とち餅などの白山麓の名産品が揃う。「鳥越一向一揆歴史館」は国指定史跡「鳥越城跡附二曲城跡」の拠点ガイダンス施設として、平成13年4月14日に開館した。「白山市農村文化伝承館」昭和初期の農具・民具の展示がされ
金子みすゞ(1903-1930/明治36-昭和5)の最後の写真。自死の前日に写真館で撮影した「遺影」3月10日は、東京大空襲から81年目の日。10万人以上といわれる犠牲者の方々のご冥福をお祈りします。勝ち目のない無謀な戦争を始めてしまった日本は、民間人に対する数え切れない空襲や原爆という超恐ろしい爆弾を落とされることでしか、戦争をやめることができなかった。ウクライナやガザの現状を見てもよくわかる。一旦戦争を始めたら、この殺し合いをなかなかやめることができない。だから
日米堂芥河商店吉川さんのプロフィールページhttps://profile.ameba.jp/me📜日米堂芥河商店正史―創業から廃業まで―---創業と発展(明治43年〜昭和48年頃)日米堂芥河商店は、明治43年(1910年)、芥河洋造によって東京市小石川区表町二丁目七番地にて創業された。芥河洋造は、薬剤師を志して渡米したが、現地のドラッグストアで販売されるチョコレートやキャンディに深い感銘を受け、製造技術を習得。その経験を日本に持ち帰り、洋菓子製造販
自らの労働条件は自らの手で!教え子を再び戦場に送るな!日教組・東京教組と共に闘おう!NEWS江戸川区教組2026/04/01NO.2601江戸川区教職員組合(江戸川区東小
こんにちは今日は、用事があり北区まで車を走らせましたそうしましたら廃墟???場所は赤羽台団地です。この団地は、昭和37年に(東京都)UR公団によって建設されました。現時点で63年です。この方々の親世代というと、80~100才が高度成長期が現役で頑張っていた時代です。ここで大きくなった子供達は今、60~80代でしょうそこに登録有形文化財のスターハウス3棟があるようです。スターハウス???たまにテレビに出ていたあの団地です!旧赤羽台団地(東京・北)昭和の憧れ、
「新型コロナ騒動」「911事件」「東北大震災」など、真実とは異なるプロパガンダが世間の常識として流布しています。広島長崎の原爆についても、真実は別にあるのかもしれません。公式的に語られる「原爆投下説」、そして陰謀論と切り捨てられてきた「地上原爆説」とも異なる、もう一つの可能性。広島・長崎の悲劇の裏で、本当は何が起こっていたのか。本ブログは物理学的・医学的見地から書かれた書籍「偽装された原爆投下」の結論をベースとして、公表されている記事や写真などを書き加えたもので
制作統括:尾崎裕和・石澤かおる。脚本:吉田恵里香。演出:梛川善郎。このドラマ、肩書上は朝ドラ「虎に翼」のスピンオフ作品に過ぎないのだが、蓋をあけてみたら、これはどうしてどうして、本編「虎に翼」以上に力のこもったドラマになっていた。観られてよかったと思っている。東京大空襲があった昭和20年(1945年)3月10日(東京大空襲は一度しか行われなかったと、現代では思われがちだが、実際には5回行われた。特に大規模だったのは初めてだった下町への大空襲3月10日と5度目の山の手への
海老名香葉子さん死去エッセイスト、落語家・初代林家三平さんの妻:朝日新聞落語家の初代林家三平の妻でエッセイストの海老名香葉子(えびな・かよこ、本名海老名嘉代子〈えびな・かよこ〉)さんが24日午後8時38分、老衰のため死去した。92歳だった。葬儀は家族葬で行った。「お別れ…www.asahi.com暮れにまたえらい人が亡くなられましたね。海老名香葉子さん。先代の林家三平夫人、当代の正蔵、三平、もっと言うと、海老名美どり、泰葉の実母、峰竜太の義理の母、国分佐智子も義母、春風亭小朝の元義母。
2025年に必ず読んでおきたい一冊、それが石川智健さんの『エレガンス』です。こちらは戦後80年の記念碑的小説ということで、多くの方に届いてほしい物語になっています。テーマは【東京大空襲×洋装女性連続不審死】。戦時下に実在した警視庁の写真室巡査と「吉川線」を考案した鑑識の第一人者による歴史ミステリー。<あらすじ>空襲が激化する1945年1月、警視庁でただ一人、ライカのカメラを扱える石川光陽。写真室勤務である彼の任務は、戦禍の街並みや管内の事件現場をフィルムに収めること。折しも世間
歴史的建造物が3つある明治学院大学を訪問したが、近所には他にも捨てがたい戦前建築がある。<高輪消防署二本榎出張所>1933年落成の庁舎は歴史的建築物としても有名で、かつては火の見櫓から東京市全体を一望でき、東京湾も見えていたという。てっぺんの青いタワーは、東京都の文化デザイン事業の一環として、1984年に新たに設計されたもの。今も入口横には「二本榎出張所」看板を掲げている。<高輪荘>ちょうど明治学院大学の向かいに、塀に囲まれ木々に覆われた古い木道建築が垣間見える。ビ
2026年4月18日(土)その①から続けて、永井荷風『墨東綺譚』の舞台となった「玉の井」探索。「東武博物館」高架下の電車展示を見ながら東向島駅へ。1720系デラックスロマンスカー(1960年~1991年)浅草~東武日光・鬼怒川間を走る、ジュークボックス付きの看板特急でした。東向島駅の下に(旧玉ノ井)と書かれています。「玉の井」地名の由来。東向島が寺島といった頃のずっと昔、寺島の代官が溺愛した妾の名前が玉の井といったことから、その名が残ったもの。武将玉の井四郎助実(