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いつも同じ上矢作のらんらんへ車とか一台も居ない💨なんと土曜日も休みに変わっていたよ完全にオムライスのつもりだったのにねぇ〜とりあえず矢作ダムで作戦計画中久しぶりに恵那の花道に行ってみよう一年以上前に来た時に量が少なくなっていて暫く間置いたけど今度は麺がタラタラになっていて台湾まぜそばの具もパンチ無し‼️これはアカンわぁ〜もう行かない💨気持ち切り替えて恵那のたこ焼き屋ゆずの里ココのメニューは個数で呼び名が変わりますもちろんお母さんをお持ち帰りです八百津のクネクネ走ってから杉原千
以前から、他院で進行乳がんを治療され転院されて来られる方々から、経過や主治医からの説明内容などをお聞きしておりました。セカンドオピニオン外来を受診される方々や、こちらのブログを開設してからは、こちらから様々な治療経過、主治医からの説明内容やかけられた言葉等を数多く耳にする事が出来ました。私は説明する側ですので、そちら側の気持ちはある程度理解出来るつもりです。しかし、実際にそれぞれの地方の医師が説明される具体的な内容や、説明される側のお気持ちは、中々知る術はありませんでした。その為、こちら
今回、リトアニアでの1番の目的は杉原千畝さんが、命のビザを発給した日本領事館を訪れること杉原千畝(すぎはらちうね)、彼は、第二次世界大戦中、日本領事館領事代理として赴任していたリトアニアのカウナスという都市で、ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの亡命を手助けしたことで知られていますそしてここを離れなければならなくなって、電車が出発するまでビザをかき続けたと言う、カウナス駅そしてヴィリニュスの街の中心を流れるネリス川沿
こちらのFacebookのリンク先にはリトアニアジャパンデイズ"WA”でのさまざまなイベントの様子がご覧いただけます。ぜひ♪馬場多絵DalinamėsakimirkomisišKaunošvietimoinovacijųcentrasgegužės8dieną,vykusiųrenginių:JaponijosirLietuvosmokiniųpiešiniųparodos„Mažiejidraugystėstiltai“irme
2018年9月8日今年も栗金飩の季節がやってきました。いつも、伊の一番に駆けつけますが、今年はドバイ旅行に行っていて、ちょっぴり遅くなりました。栗の収穫が始まる9月始めから年が明ける頃まで作られる郷土菓子です。栗金飩発祥の地を名乗るのは、中津川市ですが、八百津町だという説もあるのです。その八百津町で発祥の店とされるのが緑屋老舗さんです。中津川や恵那の店が、販売店を多く持っているのに対して、緑屋老舗さんは、ここの一店舗のみ、父子相伝により門外不
佐藤あかねです✨初めての方はこちらをどうぞ⭐︎自己紹介⭐︎メッセージやコメントはなるべく返信しようと思います🎵読者様からの質問でお子さんの名付けはどちらが決めましたか❓また、どのようなことを考えて名付けをしましたか❓ときましたので本日は子供の名付けについて熱く語りたいと思います実は私名付けとか興味なさそうだねって周りからは言われるタイプなのですが実の所・・・めっちゃ凝りましたデデーンというのも色んな事情があってですね凝ったんですよまずなぜ凝ったのかとい
先週の大河ドラマで思い出した福井県の敦賀(浅井さん、朝倉さんの友情物語だと思っている小谷、金ヶ崎。←この金ヶ崎で思い出した💦)2月に行っていたことをすっかり忘れていた行こうと思ったきっかけはこちら↓『丸山ダム、新丸山ダムと杉原千畝さん。』1月半ば、岐阜県八百津市あたりに行ってきました~ここにチラッと書いたものを今日はちゃんと書きます↓↓『チイサナチイサナカレへノグチ』題名、読みにくいですね「…ameblo.jp杉原千畝記念館/八百津町八百津町公式ホームページwww.town
オスカー・シンドラー第二次世界大戦時ナチス・ドイツから1000人以上ものユダヤ人を虐殺から救ったヒーロー原作”シンドラーの箱船”著者トーマス・キリーニー1982年スティーブン・スピルバーグ監督により”シンドラーのリスト”と改題、映画化される(1993年)この映画によって忘れかけられていたシンドラー氏は全世界のヒーローとなるのであるだがハリウッド映画が作り上げた”英雄”シンドラーの側面には意外な事実が・・・
八百津町(加茂郡)の観光今日は八百津町だんじり祭りに行ってきますついでに八百津町を観光したい杉原千畝記念館杉原千畝「人道=困った人がいたら助ける」という彼の思いは「温かな気持ち」「日本人の精神の気高さ」として、清々しい気持ちになれます。オイラも日本人としてそして人として杉原千畝を誇りに思いオイラも誰かのために何かしてあげられる人間の一人なんだと気づ
最も尊敬している杉原千畝先生の記念館へR9恵那さんを、チェックアウトしてから帰宅途中に行ってきました入場料は大人一人300円パスポートもらって記念スタンプ押して館内見学館内の写真撮影は禁止人道とは言いながら家族もあり、日本政府の意向に反することをしたら解雇されるかもしれない状況で自己責任でビザを発行されるとは本当に素晴らしい戦後、杉原先生は外務省を解雇されました全く、当時の外務省幹部は何やってんだか恥を知れ、でも、こーいうアホな幹部小さな自治体にも未だにいるんだよ