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オープニング割愛の今回の「豊臣兄弟!」怒涛の様な45分が展開されました・徳川家康三方ヶ原大敗・武田信玄急逝・足利義昭追放・朝倉義景謀殺(朝倉家滅亡)・浅井久政自刃・浅井長政自刃(浅井家滅亡)この期間歴史的に見て約8ヶ月の出来事・徳川家康三方ヶ原大敗※家康脱糞せず😅・武田信玄急逝※餅を喉に詰まらせての急死❗・足利義昭追放※光秀爆発・朝倉義景謀殺(朝倉家滅亡)・浅井久政自刃・浅井長政自刃(浅井家滅亡)※お市様介錯❗驚きの新解釈が続きましたが、長
4月2日木曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物朝倉景鏡(池内万作)朝倉景鏡(あさくらかげあきら)戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。朝倉氏一門で、後に織田氏の家臣となる。後に織田信長から一字を貰い受け土橋信鏡(つちはしのぶあきら)と改名した。朝倉孝景の弟・朝倉景高の子として生まれる。朝倉義景の従弟にあたる(諸説あり)。朝倉家中において大野郡司を務め、越前国大野郡の亥山城を拠点としていた。また式典の席次などから、朝倉一族衆でも筆頭的地位
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第12回、「小谷城の再会」。(続きです。)藤吉郎の姉・ともと弥助との間に子(万丸)ができた。(のちの秀次ですね。)藤吉郎は信長の出陣命令により、但馬や伊勢での戦いに赴き、息をつく暇もないほどの怒涛の日々が過ぎていた。そんな中、女遊びにも手を出していたが、信長の命令で、小谷城に行くことになった。==================
4月13日月曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物朝倉義景(鶴見辰吾)朝倉義景(あさくらよしかげ)戦国時代の武将。越前国の戦国大名。越前朝倉氏最後(11代)の当主。天文2年(1533年)9月24日、越前国の戦国大名で朝倉氏の第10代当主である朝倉孝景の長男として生まれる。生母は広徳院(光徳院)といわれ、若狭武田の一族の娘で武田元信か武田元光の娘とされる。このとき、父の孝景は41歳であり、唯一の実子であったとされる。幼名は長夜叉と称した。義景の
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の秀吉・秀長兄弟の主君・織田信長に頭を下げさせたのに、滅亡させられた朝倉義景について『にっぽん!歴史鑑定|ヒストリーチャンネル』の内容メモです。朝倉義景、名門意識・家族思い・一乗谷が大好き!で、打倒信長のチャンスを逃がして、滅亡に(『にっぽん!歴史鑑定|ヒストリーチャンネル』より)内容について2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』の秀吉・秀長兄弟が仕えた織田信長を実は結構追い詰めていた朝倉義景についてです。朝倉義景は、1533(天文
9月22日月曜日信長協奏曲(信長コンチェルト(再放送)主要登場人物朝倉義景(小市慢太郎)朝倉義景」(あさくらよしかげ)が、越前国(現在の福井県北東部)の戦国大名であり、「朝倉家」の10代当主であった「朝倉孝景」(あさくらたかかげ)の長男として生まれたのは、1533年(天文2年)。この当時の朝倉家は、地方の一大名でありながら、父の朝倉孝景が、室町幕府の「御供衆」(おともしゅう:将軍が外出する際、お供の列に加わる役職)や「相伴衆」(しょうばんしゅう:将軍の宴の席などに、
9月10日水曜日深夜再放送信長協奏曲(のぶながコンチェルト)主要登場人物森可成(もりよしなり)モリリン(森下能幸)森可成(もりよしなり)は、戦国時代の武将。土岐氏、後に織田氏の家臣。美濃国金山城主。大永3年(1523年)、森可行の子として尾張国葉栗郡蓮台(現岐阜県羽島郡笠松町)に生まれた。美濃国の守護大名である土岐氏に仕えた森氏は土岐氏に仕える事二百年といわれ、父の可行(もりよしゆき)は祖父・森可秀が享禄元年(1528年)に小谷城付近で討死したため
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で宮崎あおいさんが演じるお市の方が嫁いだ浅井長政と織田信長、その同盟関係の破綻を『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|全番組が無料放送』でみる。信長の提案で、妹・お市まで嫁に差し出して実現した同盟も、方向性の違いから浅井長政は離反を選ぶ(『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|』より)内容と感想大河ドラマ『豊臣兄弟!』で、宮崎あおいさんが演じるお市の方が同盟関係のために嫁いだ浅井長政と兄・織田信長、その二人の関係が変化してい
3月30日月曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物足利義昭(尾上右近)足利義昭(あしかがよしあき)室町幕府の第15代(最後の)征夷大将軍(在職:1568年〈永禄11年〜1588年〈天正16年〉)。1537年(天文6年)に第12代将軍「足利義晴」(あしかがよしはる)と正室の「慶寿院」(けいじゅいん)の間に誕生しました。同母兄に第13代将軍となった「足利義輝」(あしかがよしてる)がおり、世子(せいし:天子・諸侯・大名など、貴人の跡継ぎ)ではない足利義昭は、
4月9日永平寺を後にして、近くにある一乗谷朝倉氏遺跡にも15年ぶりに再訪した。NHK大河ドラマ豊臣兄弟で、朝倉氏の場面が丁度今放送中。是非再訪して、その遺構を見たかったので。一乗谷朝倉氏遺跡に着くと、遺跡公園の桜はまだ見頃だった。朝倉氏の当主が代々暮らした朝倉館跡見学に向かった。朝倉館跡に入ると、15年前には無かった見学通路があり、より近くで建物跡をイメージして見学できた。庭園跡の庭石も残り、当時の庭園様式がよく分かる。小高い丘の上から朝倉氏遺跡全景を眺めると、谷間にある遺跡の様子がよく
武田信玄像(甲府駅前)武田氏は新羅三郎義光を祖とする清和源氏の一流。義光の子・源義清が常陸国那珂郡武田郷(現在の茨城県ひたちなか市)を与えられたことで「武田冠者」と呼ばれたことに始まります。その後、義清は隣国との境界争いから子の清光とともに甲斐国へ配流となりました。ただ、清光が「武田」を名乗った形跡がなく、子の信義が巨摩郡武田郷(現在の山梨県韮崎市)に館を構えて武田を継承したのだといわれています(甲斐源氏)。武田信玄は甲斐武田家第19代当主。1571年(元亀2年)頃までに信濃・上野
さてさて…今週末の「豊臣兄弟!」は…いよいよ姉川合戦が描かれることになりそうですね🆕戦国時代における数多くの合戦でも激烈な遭遇戦であったこの合戦は…織田信長・徳川家康VS浅井長政・朝倉義景すなわち連合軍同士の合戦という珍しいケースでした🆕しかしながら、この合戦の主役は…まさかの裏切りを演じた長政❗️その思わね裏切りにより…命からがら京都へ逃げ帰った信長❗️この両者であったことは論を俟たないと言えます🆕長政の裏切りに激怒した信長は…絶対許すまじ‼️😡と凄まじいほどの殺気を
月所丸レポの最後の遠景ですが、実をいうと、けっこうな坂道を登っていて休憩をはさんだのもありますが、20~30分ほど掛かっています。そんな坂道を登り切った場所にあるのが、大嶽城です。チラ見レポ『10月とは思えない暑さの中で、過酷な山道は堪えました(-_-;』ここのところ、気温の上がり下がりが激しく体がついていくか心配なsunpatsuryoku1号です。そんな私ではありますが、暑い中、この週末に今シーズン初の城巡…ameblo.jp----------------
1月15日木曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物森可成(水橋研二)森可成(もりよしなり)戦国時代の武将。土岐氏、後に織田氏の家臣。美濃国金山城主。大永3年(1523年)、森可行の子として尾張国葉栗郡蓮台(現岐阜県羽島郡笠松町)に生まれた。美濃国の守護大名である土岐氏に仕えた森氏は土岐氏に仕える事二百年といわれ、父の可行(もりよしゆき)は祖父・森可秀が享禄元年(1528年)に小谷城付近で討死したため家督を継いだ。この頃の土岐氏は、斎藤道三が
4月23日木曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物朝倉景健(重岡漠)朝倉景健(あさくらかげたけ)戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。越前国安居城主。後に安居景健(あご/あんご/あぐいかげたけ)と改名した。越前朝倉氏の家臣・朝倉景隆の末子として誕生。朝倉氏の同名衆のうち、大野郡司、敦賀郡司に次ぐ家柄の出身にあたる。元亀元年(1570年)頃、父と兄らが相次いで死去したため跡を継ぐ。同年、織田信長が越前に侵攻して来るとこれを防戦し、直後の