ブログ記事655件
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第16回、「覚悟の比叡山」の感想です。(15回のラスト。)<横山城姉川の戦いのあと>、信長は藤吉郎たちには横山城を死守せよ、と命じた。そして、戦支度が整い次第、浅井を攻める。それまでに宮部継潤を調略せよ。と命じた。さっそく、小一郎と藤吉郎は百姓に扮して、宮部村の寺(宮部継潤の居所)を訪れた。だが、その変装もすぐに見破られてしまった。宮部継潤は藤吉郎の子を自分の養子(人質)
大河ドラマ「豊臣兄弟」の第16回を鑑賞。今回は、「志賀の陣」そして、「比叡山焼き討ち」のお話でしたね。やはり、今回の大河ドラマは、歴史経緯は、さらりと流し、秀吉、小一郎の家族の物語に、重点が置かれている。浅井方の武将、宮部継潤を味方に付けるため、万丸を、養子(人質)に出すことになる。秀吉の姉、「とも」の子供。この宮部継潤は、羽柴秀吉の武将として、活躍をすることになる。ちなみに、この万丸は、後に、宮部家を離れ、豊臣秀次となる。この豊臣秀次は、三好家も、継ぐことになるんですよね
『北近江から北陸へ』とタイトルつけながら、北近江の長浜だけで随分引き延ばしてしまいましたが、、、やっと三日目、いよいよ日本海側へ。次の目的地は、福井県。まず目指すのは一乗谷朝倉氏遺跡。かつての遠い戦国時代に武士たちが馬で駆け抜けたであろう地を車で走ります。琵琶湖のほとりのホテルを出発。伊吹山がそびえています。長浜ICから北陸自動車道に乗って北へ向かいました。浅井長政の小谷城へのIC通過。小谷城はもちろん今はなく、山の中に小谷城址の石碑が立ちハイキングコースになっているそうです。
豊臣兄弟👬!今ここシリーズだいたい今このへん、くらいですが朝倉義景は【侘び寂びの美学】を大切にした人です侘び寂びの美学を大変好んでた人物朝倉義景は戦国時代屈指の文化人で当時の最先端の流行や教養を取り入れていました一乗谷の文化朝倉義景が治めた越前一乗谷は「北の京」と呼ばれ京都から逃れた公家や文化人が多く集まっていましたそこで洗練された「東山文化」が花開いていました一乗谷朝倉氏遺跡からは当時の茶器🫖や、庭園跡が見つかっていて派手さよりも調和や落ち着
下剋上は当たり前、たとえ親子であっても殺し合いになるのが珍しくなかった戦国時代・・・その激動期に最も運命を翻弄された女性といえば、お市の方ではなかったでしょうか。今日は、織田信長の妹にして2人の武将に嫁いだ、この悲運の女性の命日にあたります。1547(天文16)年頃に生まれ、絶世の美女と謳われた彼女は21歳で近江の浅井長政と結婚。これにより織田家と浅井家は同盟関係を結ぶことに。しかし1570(元亀元)年、両家の間での誓約を破り信長が越前の朝倉氏を攻撃。
さてさて…姉川合戦に至るお話の続きです🆕この戦の主要な対立の構図は…あくまでも、織田信長vs浅井長政であり…徳川家康は信長❗️朝倉義景は長政❗️それぞれの同盟関係に則った助っ人的な色彩の強い参戦でした🆕ただし…朝倉と浅井は信長を共通の敵と認識したうえでの同盟締結と軍事行動であったのに対して…家康は浅井や朝倉との間には特に利害関係はなく…信長の要請を受けて、遥々三河•遠江から離れて参戦したのです🆕さらにいうならば…長政が織田との同盟を破棄しでまでも…従来からの朝倉との同盟
久しぶりに懐かしい。初めて行ったのは、2001年12月.驚いた。とにかく懐かしい。一緒に行ったお方様は、元気かな。もちろん僕のことなんて思い出すことなく、元気で過ごされていると思います^_^初めて、一乗谷に行ったときから、朝倉義景公終焉の地に行きたかった。それがこちら。福井県大野市朝倉義景公のお墓戦国大名・朝倉義景終焉の地大野市の歴史|不死鳥の如く蘇る越前国戦国大名・朝倉家当主の朝倉義景最後の地はこの大野市。室町時代は斯波氏が本拠地としました。www.echizen-
4月23日木曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物朝倉景健(重岡漠)朝倉景健(あさくらかげたけ)戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。越前国安居城主。後に安居景健(あご/あんご/あぐいかげたけ)と改名した。越前朝倉氏の家臣・朝倉景隆の末子として誕生。朝倉氏の同名衆のうち、大野郡司、敦賀郡司に次ぐ家柄の出身にあたる。元亀元年(1570年)頃、父と兄らが相次いで死去したため跡を継ぐ。同年、織田信長が越前に侵攻して来るとこれを防戦し、直後の
大河ドラマ「豊臣兄弟」の第15回を鑑賞。今回は、「姉川の戦い」でしたね。この「姉川の戦い」について。恐らく、通説となっている合戦の様相は、江戸時代に作られた創作なのだろうと思います。つまり、史実ではない。この「姉川の戦い」があったのは、元亀元年(1570)6月。子供の頃、まだ、歴史に、それほど詳しくなかった頃の僕は、この「姉川の戦い」で、織田、徳川の連合軍が、浅井、朝倉の連合軍に大勝したということで、そのまま、浅井氏、朝倉氏は、間もなく、滅ぼされたものと、漠然と、思っていまし
1570年(元亀元年)になります。織田信長・徳川家康の連合軍と、浅井長政・朝倉義景の連合軍が激突した戦国時代の重要な合戦です。浅井長政はお市を信長に返そうとするもお市はそれを拒みます。浅井を滅ぼすと意気込む織田信長(小栗旬さん)に対し、小一郎(仲野太賀さん)は市(宮﨑あおいさん)の身を案じ、和睦案を提示します。そこに藤吉郎(池松壮亮さん)は小谷城攻めを買って出ます。元亀元年(1570年)6月19日。織田軍の進軍が始まり、「刈安城」と「長比城」はすでに降伏しています。元亀元年(157
旅行記的なものを、今後このブログのメインとして綴っていきます。今日は、2024年11月に訪れた「越前大野市」を訪れた時の話です。大野市は福井県の内陸部に位置する市です。人口は約2万7千人の小さな市ですが、福井県内の市町の中で最も面積が広く、県全体のおよそ5分の1を占めています。城下町の面影を残す歴史ある街です。写真は越前大野城です。この街の象徴として知られています。本来は「天空の城」として知られ、雲海に包まれた姿が見どころなのですが、このときは日中しか滞在できず、通常の姿し
数ある中からお越しいただきありがとうございます。関東・北陸を中心に活動しているウイスタリアゆうこです。次の雨で、今年の桜🌸も終わりかなあと思いながら一乗谷朝倉氏遺跡へ途中、以前なかった資料館へ行くか迷うも…山に近いところで満開の桜🌸がちらっと目に入った✨呼んでいる桜🌸は今しかない✨と思い遺跡の方へ車を走らせる🚗復元された町並み京都を見習って計画的に作られた町並みだそう染め物屋など職人の町屋と、中級武士が住む武家の屋敷が建っていた中級武士の台所将棋をする武士雪のような花
さてさて…今週末の「豊臣兄弟!」は…いよいよ姉川合戦が描かれることになりそうですね🆕戦国時代における数多くの合戦でも激烈な遭遇戦であったこの合戦は…織田信長・徳川家康VS浅井長政・朝倉義景すなわち連合軍同士の合戦という珍しいケースでした🆕しかしながら、この合戦の主役は…まさかの裏切りを演じた長政❗️その思わね裏切りにより…命からがら京都へ逃げ帰った信長❗️この両者であったことは論を俟たないと言えます🆕長政の裏切りに激怒した信長は…絶対許すまじ‼️😡と凄まじいほどの殺気を
大河ドラマ「豊臣兄弟」の第14回を、鑑賞。今回は、いわゆる「金ヶ崎の退き口」の話でしたね。この「金ヶ崎の退き口」について、ネットで調べて見る。そもそも、この「金ヶ崎の退き口」のきっかけになったのは、織田信長が、北陸に出陣をしたこと。昔は、この織田信長の北陸への出陣は、若狭の平定を口実にして、越前、朝倉氏を攻めるために行われたと言われていましたが、近年、この織田信長の出陣は、信長の意思ではなく、将軍、足利義昭の命令だったのではないかと言われています。なぜ、足利義昭が、織田信長
4月13日月曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物朝倉義景(鶴見辰吾)朝倉義景(あさくらよしかげ)戦国時代の武将。越前国の戦国大名。越前朝倉氏最後(11代)の当主。天文2年(1533年)9月24日、越前国の戦国大名で朝倉氏の第10代当主である朝倉孝景の長男として生まれる。生母は広徳院(光徳院)といわれ、若狭武田の一族の娘で武田元信か武田元光の娘とされる。このとき、父の孝景は41歳であり、唯一の実子であったとされる。幼名は長夜叉と称した。義景の
4月9日永平寺を後にして、近くにある一乗谷朝倉氏遺跡にも15年ぶりに再訪した。NHK大河ドラマ豊臣兄弟で、朝倉氏の場面が丁度今放送中。是非再訪して、その遺構を見たかったので。一乗谷朝倉氏遺跡に着くと、遺跡公園の桜はまだ見頃だった。朝倉氏の当主が代々暮らした朝倉館跡見学に向かった。朝倉館跡に入ると、15年前には無かった見学通路があり、より近くで建物跡をイメージして見学できた。庭園跡の庭石も残り、当時の庭園様式がよく分かる。小高い丘の上から朝倉氏遺跡全景を眺めると、谷間にある遺跡の様子がよく
武田信玄像(甲府駅前)武田氏は新羅三郎義光を祖とする清和源氏の一流。義光の子・源義清が常陸国那珂郡武田郷(現在の茨城県ひたちなか市)を与えられたことで「武田冠者」と呼ばれたことに始まります。その後、義清は隣国との境界争いから子の清光とともに甲斐国へ配流となりました。ただ、清光が「武田」を名乗った形跡がなく、子の信義が巨摩郡武田郷(現在の山梨県韮崎市)に館を構えて武田を継承したのだといわれています(甲斐源氏)。武田信玄は甲斐武田家第19代当主。1571年(元亀2年)頃までに信濃・上野
朝倉義景(あさくらよしかげ)麒麟がくるではユースケサンタマリアさんが演じていましたこちら💁♀️は?『あーさーくーらーーー‼️』ナースのお仕事ですが麒麟がくるのユースケサンタマリアさんの朝倉義景は京の文化を愛し一乗谷(福井)に華やかな文化を築いていました優柔不断で明智光秀(ヒロポン)が京に上って天下を!!と促してもなかなか重い腰を上げませんでした信長からは胡散臭いと嫌われていましたが浅井長政にとっては長年の恩義がある大切な同盟相手『金ヶ崎の退き口』
1568年(永禄11年)、美濃の岐阜城を本拠とし「天下布武」を掲げた織田信長が、足利義昭を奉じて上洛。信長は義昭を将軍に据えますが、それは義昭に従うということではなく、傀儡化して畿内支配を独自に進めるためでした。信長に行動を制約されて主導権を信握られた義昭は・・・信長の影響力を削ぐために各地の有力大名や宗教勢力へ「御内書(将軍の公文書)」を送り、共同戦線を張るよう呼びかけます。これにより形成されたのが「織田信長包囲網」。東西から信長を挟み撃ちにするもので、当初の主要メンバーは・・・浅
大河ドラマ「豊臣兄弟」の第13回を、鑑賞。小一郎が、安藤守就の娘、慶と結婚。慶は、元夫を、織田軍に討たれ、織田の人間を恨んでいるという設定ですね。町で、謎の男を会っているようですが、何か、今後の、伏線になるのでしょうか。さて、織田信長が、若狭、そして、越前に出陣。ドラマを見て、改めて、気がついたことですが、なぜ、浅井長政は、この遠征に、信長と共に、従軍しなかったのでしょう。普通なら、織田信長と行動を共にし、若狭、越前に、出陣をしているはず。なぜ、近江に、留まっていたのか。
明智光秀目線ですが、個人的にこの漫画が一番面白いと思っています。❁┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❁信長を殺した男(第1巻)本能寺の変431年目の真実(ヤングチャンピオンコミックス)[藤堂裕]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}
写真は全て「ふくいドットコム」(福井県公式観光サイト)から拝借NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は、2011年に任意団体「奈良まほろばソムリエ友の会」として発足してから、今年で15周年を迎えた。5年前(2021年)の10周年は、コロナ禍のまっただ中にあり、役員の中に極度に心配性の理事がいたこともあって(笑)、ほとんど活動ができなかった。今年はそのリベンジもあり、いろんなイベントを考えている。「記念式典」のようなものはせず、当会会員に喜んでもらえるものを企画している。その1つが、会
『浅井』と来たら、『朝倉』。4月5日(日)の大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、越前の朝倉攻めが始まりましたね。そして、浅井長政の謀反の知らせ・・・。強制除霊師・斎の漫画家さんである、小林薫さんの母方の家系は『浅井』だと一つ前の記事に書きました。※浅井家本家は滅亡してしまうので、一族の中で生き残った武将の血筋と思われる。さて、この『悪行の代償』の第3話、『償いの末裔たち』について書きます。こちらもご先祖様が戦国武将だという姉妹の話です。漫画家の小林薫さんのご先祖様とは敵対関係にあったそう
さてさて…足利義昭の働きかけににより、信長は斎藤龍興との間に和議を結ぶに至りました…これで義昭を奉じての上洛が実現される‼️と誰もが思ったのですが…何と信長は龍興との和議を一方的に破棄して美濃国境に侵攻‼️その結果は惨敗という醜態を曝してしまったのです🆖そしてこの彼の背信は彼一人の問題ばかりにとどまらず…三好陣営と雌雄を決するべく上洛を目指す義昭陣営の戦略に大きな齟齬をきたすことになったのです😭義昭サイドの足並みが揃わないことを看破した三好陣営は…直ちに義昭支持者の切り崩しに着
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第12回、「小谷城の再会」。(続きです。)藤吉郎の姉・ともと弥助との間に子(万丸)ができた。(のちの秀次ですね。)藤吉郎は信長の出陣命令により、但馬や伊勢での戦いに赴き、息をつく暇もないほどの怒涛の日々が過ぎていた。そんな中、女遊びにも手を出していたが、信長の命令で、小谷城に行くことになった。==================
4月2日木曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物朝倉景鏡(池内万作)朝倉景鏡(あさくらかげあきら)戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。朝倉氏一門で、後に織田氏の家臣となる。後に織田信長から一字を貰い受け土橋信鏡(つちはしのぶあきら)と改名した。朝倉孝景の弟・朝倉景高の子として生まれる。朝倉義景の従弟にあたる(諸説あり)。朝倉家中において大野郡司を務め、越前国大野郡の亥山城を拠点としていた。また式典の席次などから、朝倉一族衆でも筆頭的地位
4月1日水曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物浅井長政(中島歩)浅井長政(あざいながまさ)は、1545年(天文14年)生まれ。幼名は「猿夜叉丸」(さるやしゃまる)。浅井家の3代目当主で、祖父は「浅井亮政」(あざいすけまさ)です。浅井亮政は、北近江(きたおうみ:現在の滋賀県長浜市、米原市、彦根市周辺)の守護であった京極氏に仕えていましたが、京極氏の後継者争いの際に乗じて一揆をおこし、北近江の土地を支配するようになりました。父は「浅井久政」(あざいひさ
期間:2026/03/30〜04/05倍率:初回1倍(星4以上1人確定)※有償2222回目2倍(星4以上1人確定)※有償2223回目3倍(星5:1人確定)※有償333呪)足利義昭:不撓の鞆公方戦)本願寺顕如:栄諧僧正射)雑賀孫一:建角身の導光射)松永久秀:忠奸無道の乱覇)武田信玄:甲州法度次第薬)足利義栄:望京の奄賢呪)朝倉義景:四大本空武)武田勝頼:虎臥擡頭射)毛利輝元:維新の先触れ射)鈴木佐大夫:雑賀惣国の魁©コーエーテクモゲームス
3月30日月曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物足利義昭(尾上右近)足利義昭(あしかがよしあき)室町幕府の第15代(最後の)征夷大将軍(在職:1568年〈永禄11年〜1588年〈天正16年〉)。1537年(天文6年)に第12代将軍「足利義晴」(あしかがよしはる)と正室の「慶寿院」(けいじゅいん)の間に誕生しました。同母兄に第13代将軍となった「足利義輝」(あしかがよしてる)がおり、世子(せいし:天子・諸侯・大名など、貴人の跡継ぎ)ではない足利義昭は、
期間:2026/03/27〜04/03天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額覇)織田信長:古今無双の将覇)斎藤義龍:弑父の巨星武)浅井長政:秀外恵中の将呪)朝倉義景:四大本空射)鈴木佐大夫:雑賀惣国の魁武)松永久秀:梟雄の志武)武田勝頼:虎臥擡頭武)長宗我部元親:土佐の出来人射)毛利輝元:維新の先触れ©コーエーテクモゲームス