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皆さま、子どもの頃転んで「すり傷」を作ると家庭のお薬として何を塗っていましたか?私は「赤チン」を塗っていましたいつのまにか、使われなくなったお薬。あの頃の主流。昭和50年代あの頃の子どもたちたぶんみんな、ひざのすり傷に「赤チン」を塗っていたよそれと私、子どもの頃はひどい「むし歯」があって歯茎も化膿して腫れていた記憶があるの。それと、弟は「みそっぱ」だった記憶。(みそっぱとは、前歯のむし歯。)「むし歯」が痛い時があって「今治水」(コンジスイ)を塗っていたよ。
業界新聞「食品新聞」2026.8.19号に「かんぴょう栃木名産の灯を守れ」との見出しで栃木県名産かんぴょうの現状を知らせる記事が載りました栃木県産かんぴょうの生産量は最盛期の今から約50年前の昭和50年代(1975)の頃には生産者約6500軒作付面積約3000ha生産量約5000トンありましたが現在は生産者172軒作付面積75ha生産量160トンと約3%に激減してしまいました激減の要因はいくつかありますが先ずは生産者の高齢化現在かんぴょう生産農