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ブログにお越しくださった倉吉在住の方、倉吉に何らかのご縁がある方などみなさまのご協力を頂き、今では消滅してしまったり、令和の現在でも現役だったりする昭和時代の懐かしい通りや建物を、思い出すことのできる引き出しが開けられるうちに記録しておく当ブログの柱「昭和な倉吉シリーズ」。ボクが倉吉に在住していた頃(昭和57年頃)までの記憶が頼りですので、それ以降の出来事についてはほとんど何も知りません。場所によっては10年程度で複数回店名が変わったり、などということもあり、間違いなく同じ場所なのに人
【25年1月12日探索・11月10日公開】現在地はこの辺かつては踏切で越えていたであろう東武鬼怒川線の線路だが、車道はプッツリと切れ、歩行者は地下道で線路をくぐる事になるようだ。その地下道の隣には枯れていた水路があった。道路も線路も橋により水路をクリアしている。何か怪しい雰囲気の地下道だな。造りからすれば昭和50年代くらいの感じだな。不気味な雰囲気、ふと誰かに見られているような感じが・・・ギャッ~!!ビックリした。こ
今回は、トミカミニカーの箱を補強しました。箱は、トヨタセンチュリー、三菱FUSOトラック、いすゞエルフバキュームカー2つの4つになります。トミカミニカーの箱は発売されていた当時(昭和50年代)のもので、この4つだけはなぜか手元にありました。しかし、入っているミニカーは別のものです。補強にはメルカリのカード類を発送する際の補強用に使うための厚紙を使用しました。箱は面の狭い方がつぶれやすく、また開け口のベロ部分が切れたてしまうのでその部分の方を採寸して取り付けました。まずトヨタ
思い出のプロ野球選手、今回は「羅本新二」選手です昭和50年代後半を中心に、ヤクルトで主に代走として快足を活かして活躍した選手です。「ら」行で始まる数少ない名前の選手の一人です。昭和30年生まれでは最後の選手の紹介となります。【羅本新二(らもと・しんじ)】生年月日:1955(昭和30)年2月17日入団:ヤクルト('78・ドラフト外)経歴:中京商高―本田技研鈴鹿-ヤクルト('79~'86)通算成績:176試合打率.20411安打1本塁打3打点30盗