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■吉野の盟約和歌の作者である志貴皇子が歴史書『日本書紀』に初めて登場するのは、679年の天武天皇の吉野行幸です。ここで時を遡って、7年前の「壬申の乱」についてみてみましょう。壬申の乱は、天皇の後継者が直系の嫡男とさだまっていない時代、天智天皇の後継をめぐって弟・大海人皇子(のちの天武天皇)と息子・大友皇子が争った戦いで、臣下の豪族も加わり、今の奈良県、三重県、岐阜県、滋賀県など広域に展開された古代史上最大の戦乱です。(ただ天智天皇自身も、即位前の「中大兄皇子」の名が示すように2番目の皇子でした
【謎の大王「継体天皇」を徹底解説】天皇の血を引いていたのか?|研究者は「事実上の王朝交代」と断言|なぜ大和に着くまで20年?|磐井の乱を制して“日本の原型”を造る|皇室典範改正との関係は【水谷千秋】【謎の大王「継体天皇」を徹底解説】天皇の血を引いていたのか?|研究者は「事実上の王朝交代」と断言|なぜ大和に着くまで20年?|磐井の乱を制して“日本の原型”を造る|皇室典範改正との関係は【水谷千秋】2026/08/18#文藝春秋#文藝春秋PLUS#継体天皇『