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2025年9月21日、松戸市選出の立憲民主党千葉県議会議員の関根ジローさんと、松戸市議会議員(無所属)・増田かおるさんの共催で行われた標記タイトルのバスツアーに参加させて頂きました。このツアーは1日で4か所の関連施設を巡るものでして、最初の訪問先は終戦時に内閣総理大臣を務めていました鈴木貫太郎公の功績を知らせる「鈴木貫太郎記念館」その様子はこちら👇『戦後80年「平和を学ぶ日帰りバスツアー(^^)/」その1「鈴木貫太郎記念館」@千葉県野田市』2025年9月21日に標記タイトルのバスツアーに参加さ
本日の言霊2024.09.05NHKの「映像の世紀バタフライエフェクトシリーズ昭和百年(1)戦時下の宰相たち」という番組を見た。昭和のはじめ、不況に苦しむ日本を打破したのは、「満州国」の建国だった。軍需と輸出の拡大とともに、失業率は改善、国民は戦争がもたらす好景気を実感するも、やがて軍部の圧力に政治家もメディアも抗し難くなり、中国との戦争を開始。メディアに煽られた国民は歓喜し、さらに軍部はアメリカとの戦争を求めていく。番組では当時の朝日新聞や雑誌が連日勇ましい記事で、国民を煽った
今日は、教科書には記載されておらず教師もまず教えないであろう、隣国・支那の本質を物語る悲惨な史実をご紹介します。それは、今から88年前の今日起きた黄河決壊事件1937(昭和12)年7月に勃発した盧溝橋事件をきっかけとして支那事変(日中戦争)が始まると同時に、日本軍は支那本土に進軍。翌1938年6月6日には河南省の中心地・開封市を占領し、更に2つの鉄道が交わる交通の要所・鄭州市をも制圧しようとしていました。この日本軍の快進撃を止めようと、蒋介石率いる国民党軍は驚天動地の作戦
お久しぶりです。人事本から愛媛県出身の戦前現役兵をリストアップしていたら、年が変わっていました。現在467名!!!あけましておめでとうございます。引き続き「愛媛と兵士・戦争」をよろしくお願いいたします。終戦80年は終わりましたが、どうやら直近3ヶ月間は300前後アクセスがあるようで、大変ありがたいことです。今回の記事は、ちゃんとした読み物です!何度か紹介した松山歩兵第22連隊所属の兵士のアルバムを、深く考察していきたいと思います。写真やアルバムという「こんなも