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ご訪問ありがとうございます。今回は外交が中心の記事になります。8年春2月、身狭村主青ムサノスグリアオと檜隈民使博德ヒノクマノタミノツカイハカトコを呉国に派遣した。呉国というのは、三国時代(魏・呉・蜀)の呉以来、建康(南京)に都を置いた中国の東晋、また南北朝時代(439~589)の宋、斉、梁、陳を指す言葉です。この六国を六朝リクチョウといい、文化が花開いた時代でした。つまりこの記事は「宋」に遣使したということなのです。今まで「日本書紀」には宋に遣使したということはなかったのですが、こ
[但馬国出石郡]出石神社(*写真は2012年に未明参拝した時のもの)*既に多くの「いいね」を賜っていますが、大幅に加筆修正を施したために再UPします。今後も自身の会得諒解により随時記事の補正を行います。■表記*紀…天日槍(アメノヒボコ)*記…天之日矛*「古語拾遺」…天日鉾*他に天日帆子など*都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)またの名于斯岐阿利叱智干岐(ウシキアリシチカンキ)を同神とする説も。■概要渡来神であり、元新羅王子であったとされます。但し渡来時期や出身国