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ポテトって、だいたい脇役だ。ハンバーガーの横で、塩まみれになって終わる運命。わざわざ整理券を取ってまで食うものじゃない。でも表参道のDEFRITESSTAANは、最初からポテトを主役にしてる。店頭で整理券をもらって、一回その場を離れる。「あとで戻ってきてください」って言われる時点で、もうポテトの扱いじゃない。時間になって戻って、受け取った紙コーン。太い。角が立ってる。色が濃い。一口目、ザクッて音がする。そのあと、中がホクじゃなくてねっとり甘い。芋の密度が高い。
「肉ビストロ」を名乗る店は、この街にいくらでもある。ただ、その多くが“塊肉”という言葉に寄りかかっている。焼いて出すだけ。あとは豪快さで押し切る。その時点で、料理としての繊細さを手放してる店も少なくない。俺が見てるのは、肉そのものじゃない。そこに辿り着くまでの流れに、どれだけ意思があるか。肉ビストロ灯。西新宿の喧騒を少し抜けた雑居ビルの2階。扉を開けると、壁一面のワインボトル。ここで分かる。この店は最初から、肉と酒で一晩を成立させにきてる。まずはグリーンサラダ。
料理は紹介するためではなく、出汁という一本の軸を証明する材料として使っている。店名は、その店の覚悟が一番表れる。恵比寿だしと。ここまで潔く掲げる以上、中途半端な出汁では成立しない。期待値は自然と上がるし、少しでも軸がぶれれば、その名前が一番の弱点になる。だから俺は、一皿目で答えを探した。生うにとトロ湯葉のうまだしジュレ。最初に舌を支配したのは、生うにでも魚卵でもない。琥珀色の出汁ジュレだった。湯葉のまろやかさを包み込み、生うにの甘みを引き立て
餃子屋が片手間で出すかき氷この認識で入ると、この店は確実にズレる。店選びで一番大事なのは、何屋として見るかを最初に決めきること。でも国立のあおはる餃子は、その前提自体を崩してくる。駅からすぐ。赤いテーブルが並ぶ、少し懐かしい空気。卓上には神戸流の味噌だれと、カレー粉や生七味。この時点で分かる。ここは一発で終わる店じゃない。味を転がしていく前提の店。最初はぼっかけ。牛すじとこんにゃくの甘辛煮。ただの前菜じゃない。酒のスイッチを入れて、この後の
もんじゃは、焼き上がった瞬間が完成ではない。鉄板の上で水分が飛び、出汁が煮詰まり、同じ一枚の味が少しずつ変わっていく。手軽な料理に見えて、実は時間まで味方につける料理だ。だから俺が見るのは、具材の派手さでもメニューの多さでもない。最初の一口から最後のおこげまで、飽きずに食べさせる出汁と、それを支える鉄板仕事があるかどうか。門前仲町駅から徒歩2分、東京鉄板居酒屋こだまへ。各卓に鉄板を備えた店内は、スタッフとの距離も近い気取らない空間。月島の老舗もん吉の味