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ジュリー今年のLIVE『freedom安堵courage』はお正月名古屋大坂東京と3月4月にお芝居『ガウディ×ガウディ』を挟んで6月17日から再開したのですが…私3回しか行っていないので把握しきれていないのかも?次回は20日高崎です❣️それまでにおさらい方々ちょっと前にも触れたのですがこのツアーで会場が盛り上がりを魅せるのがイントロで「自由に歩いて愛して」が聞こえるとわー!って声が上がるのです!PYGの曲をまさか聴けるなんて!との感激の声か
https://youtube.com/watch?v=h7RGk6oXXys&si=LRjLLBc_RFQ95JRj2行を一緒に長押しして開いてくださいませ🙇森本太郎さんが半田健人さんの番組スカパー「名曲探訪」にご出演した時のYouTubeが上がって参りました❣️取り上げた曲は「LongGood-by」ピーに会いたいと思っていた!1971年1月24日ザ・タイガース解散の日に荷物をまとめてあったトラックで京都へ帰っていって38年疎遠だった!ジュリーは
81年前日本は敗戦した終戦記念日と世間はいうけれど侵略国家だった日本は敗れて世界戦争がようやく終わりを告げたと受け止めている81年前の時代背景が戦争を余儀なくしたのか私たち太平洋戦争後10年に生まれた子供たちにはまだ真相をはっきり述べた教科書はなかったのではないか?明らかに日本が仕掛けたことが後に判って来る!満州事変真珠湾攻撃…終戦後日本はアメリカの統治下となり日本国憲法第9条第2項戦争放棄丸腰の降伏やられたらやられっぱなし?侵略されたらど
11月3日を迎えると謎を感じる出来事が思い出されます🤔🤗沢田研二さんは77歳になられましたがジュリーがファニーズに加わったのが17歳🎵1966年1月1日サリーとタローとトッポとピーに交わってから60年になるんですね🎵ここからジュリーの始発になります❣️ザ・タイガース年表を紐解きます🎵1972年に刊行された『日本の青春』タローの日記と2013年のパンフレットの年表から.1965年11月3日文化の日京都大学食堂で開かれたサリーのお兄さまの結婚披露宴サリーとプレイボ
映画「いつか読書する日」を観ました。2005年ロケ地は坂の多い長崎市。ポイントは、熟年層の孤独と渇望の描写、圧倒的な「間」の美学、俳優陣の至高の演技。独身を貫く牛乳配達員(田中裕子)と、病気の妻を持つ市役所職員(岸部一徳)。50歳を過ぎた二人の、言葉にできないほど深い孤独と、再会によって静かに燃え上がる感情を、緒方明監督が丁寧に掬い上げています。静寂の中で響く牛乳瓶の音や、交わされる視線。余計な説明を省いた演出が、観客の想像力を刺激し、深い余韻を残します。日本アカデミー賞など多
🌠▼【ザ・タイガース】旋風のその先に。別れの裏にあった、知られざる物語[79歳・瞳みのるさんのターニングポイント#2]あの時代を知る人なら、きっと胸が熱くなる。グループサウンズの黄金期を駆け抜けた「ザ・タイガース」。その中で、仲間をまとめ、前へ前へと歩いてきたのが、瞳みのるさんでした。解散後、彼が選んだのは音楽とは異なる道——。いくつもの決断が、瞳さんの人生を形づくっています。第2回は、ザ・タイガース全盛期と解散への道。岸部の低音、沢田の中音、加橋の高音——「ファニーズ」は渡辺プ
加橋かつみさんが「あのおじさんが居なくなってタイガースが売れた(笑)」笑ってMCされたことがありました🎵あのおじさんとはジュリーファンが仰る「ジュリーを見いだしてくれてありがとう」と感謝されている内田裕也さんのこと🤗ファニーズが1966年大坂ナンバ一番に出演中にスカウトされた回数は3回と有名な話ですがおさらいすると…『THETIGERS2013』のパンフにある歴史よりそうそう!ピーが「松竹芸能からも誘いあったんだよ(笑)あそこはお笑いだから(笑)」無視?🤣最初は
ジュリーの夏休み開けLIVEまであと6日🎵高崎ですがリセールが多いですね〜😐そのあとの酒田仙台もリセール12ページになっていました!ちなみに私が行く高崎だって新幹線🚅移動です🎵せいぜい高崎止まりだわ~🥺私より前の席がバンバンリセールになっているので良く見えるかも🤣後ろに人がいるのかも不安になりますよ!これ本当に心配!満員狙いのジュリーにはこころ削がれてご機嫌損ねないようにお願いしたいものです🙇まあ昔のジュリーは瞬間湯沸器の異名を取るくらいすぐ