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私達には内なる自分と、外側の自分がいます。表面の自分は、迷う事があります。答えがわからなくて、不安になったりします。ぶれたりもします。表面の心は、揺れるのです。だけど、ハイヤーセルフという、奥の自分は迷っていません。ハイヤーセルフの自分は、ぶれた事は1度もない。最初から、自分の【答え】を知っていて、自分に必要な事を知っているのです。それはまるで海の波のようですね。海は表面は波立ち、ゆれて、しぶきをあげたり、動きます。でも、ずっとずっと、潜って潜って、深い深海では、そこは波立た
私たちの内側には、美しい神様の光が灯っています。それは何度でも思い出して、何度でもそこに戻り、その場所から始めたい「心強いあたたかい場所」「内なる力」があるのです。その内なる自分にふれてホッとすると、エネルギーは甦ります。その内なる聖所は、疲れていたら休ませてくれる場所で、間違っていたら修復できる場所で、いつだってあなたの力になってくれる自分自身の光です。私達のいのちはそのままで、あたたかい神の光なのです。私たちに力が必要となった時、その光は、いと香り高い愛のエネルギーを運
「変わらず優しいもの」それはやすらぎの源泉。光にいつもふれている幸せな自分。私達は、人生で素晴らしい夢や希望を見いだす時があります。しかし、その希望は本当にときめく事であっても、なかなか手を伸ばすことができず、なかなか先に進めないことがあります。それは多くの場合「怖れ」というものが、そこにあるからですね。怖れがあるから、なんだかこわくて、なかなか次の一歩を選べない。いつも夢みるけれど、実際の行動になかなかつながらないのは、「怖れ」というものがそこにあるからです。漠然と、なんだか
「与える」と「受けとる」は、同時に起こります。魂にはいつも、プラスとマイナスが同時に満ちます。与えたと同時に、あなたが与えたものと同じ力が満ちてきます。そして常に満たされています。魂にはかたちはないのでしょうが、あえて、私達のいのちが持つ素晴らしい本来の力を理解する為に、かたちで表現してみましょう。例えば、私達の魂がまあるい球体だとしましょう。この「自分自身」というまあるい球体の中にはすべてが在り、すべてが満ちているのです。欠けているところ、足りないものがないのです。陰と陽、終わり
意識と波動が明確なら、あとはすべて整います。どうしたらできるんだろう。どうすれば行けるんだろう。どうすれば届くのだろう。女神の時代は、目に見えないものが、先だつことで、創造がいきいきと動き出します。「時間がない、でもとても行きたい。だけどだめだろうな。」と心が沈む時があります。でも望む経験に、本気で行きたいとあなたの心が、ときめくなら、まずは「行く」と決めるのです。「わたしはそこへ行こう!」「その場所で味わう幸せを受け取ろうと決める」そのときめきを胸にイメージしてみて、先にとき
まっすぐに、ただひたむきに、愛と調和の波動の糸を見つけること。「私達は、愛の時代に向かっている」それは、ある日、外から愛の時代がやってきて、あなたの暮らしを変えてくれる、という訳ではないのですね。地球が、愛の時代になるということは、その星に住む、私達の考え方が、欠乏の奪いあいからではなく、あたたかい愛から選び直されるということで、まず、変わるのは私達の内側なんですね。私達の心の冷たいところからではなく、私達の心のあたたかいところから、私達の心のヒリヒリするところからではなく、私
光のコンディション「今ここが大切」というパワーがいる時は、ベースを大切に。パワーが必要と感じたら、まずはあなたのベースを整えます。前に進む為には、「自分が変わるしかない」と、よく言いますね。本当に、その通りだと思います。状況が嫌だからと、状況から逃げても、それまで考え方や生き方を変えなければ、現実を創造しているエネルギーが変わっていない訳ですから、出てくる現実はいつも同じとなってしまうでしょう。人は、「変わらなければ」ならないのです。でも、変わるためには「パワー」がいります。
細胞の波動もあがるやわらかな高波動への道。微笑みは、人のいのちを温めてくれます。微笑みは、新しい素敵な世界を優しく招き、歓迎し、あたたかく認めてくれます。微笑みは、喜び、幸せを、その場所に集めます。笑顔、微笑みを向けることは、「あなたが大好き」と伝えること。相手が大好きだと、自然に笑顔がこぼれます。それは深いあたたかさを生じ、やすらぎを広げ、信頼を養います。微笑みは、いのちをあたためること。慈しむこと。だから、ぜひ外に向かって微笑むばかりではなく、あなたの内側に向かっても微笑み
「正しいのはどっち?」例えば、長い間、地球の次元を固定させていたのは、こんなふうに私達の善悪の心でした。私達が、人生を真っ当に生きるために、必要としてきたのは、「正しさ」だったかもしれません。例えば、小さな子供がケンカした時、どっちがおもちゃをとったの?どっちから叩いたの?と、どちらが悪かったかを明確にして仲直りに導いたりする事がありますね。確かにそこにある絡まりを、解決に導く為には、判断する基準はいるでしょう。だけど、いい悪いをちょっとだけ横において、包容力をもって見つめた