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(2025・7月更新)27ヶ所掲載京都にはかわいいデザインやかっこいいオリジナル御朱印帳がいっぱい御朱印巡りで出会ったステキな京都オリジナル御朱印帳をエリア別にまとめています≪京都・オリジナル御朱印帳②≫京都市右京区嵯峨北堀町の鹿王院のステキな【御朱印帳】【鹿王院御朱印帳】鹿王院京都市右京区嵯峨朝日町の車折神社のステキな【御朱印帳】【車折神社御朱印帳】
昨日はやっとゆっくりできる日でした予約してあった妙心寺塔頭の天球院の特別拝観へ行きました妙心寺北門に到着今日が祝日だと忘れててバス、危なかったわ~天球院はそこからすぐこちらです普段は非公開のお寺さんです空いてればふらっと来ても入れるようなのですが、確実に入りたかったので予約しました10人以上の方が来ていましたこの季節の京都が好き。そう語る人の、その理由がいいんです。|そうだ京都、行こう。京都は五感で感じる“涼”にあふれています。社寺や京町家、町
京都観世会例会の能を観る前に、今回は早めに着いて、妙心寺の塔頭、天球院を拝観しました。天球院tenkewin.com2025年「そうだ京都、行こう。」初夏キャンペーンに登場したお寺だそう。この季節の京都が好き。そう語る人の、その理由がいいんです。|そうだ京都、行こう。京都は五感で感じる“涼”にあふれています。社寺や京町家、町並みまで、暮らしのあちこちに散りばめられた、こころ癒される涼やかな風景を見つけに出かけましょう。souda-kyoto.jp通常非公開のお寺が、このキ
不登校支援を始めて27年5歳の時からやってます(ここ、笑うとこです)不登校にもプロがいるつづきです。『【ブログ】世界遺産・仁徳天皇陵を見に行った』不登校支援を始めて27年5歳の時からやってます(ここ、笑うとこです)不登校にもプロがいる前回のつづきです。『【ブログ】有名セミナーに行ってみたら知り合いだら…ameblo.jp仁徳天皇陵の後は天王寺公園へこの日は天王寺公園の中にある大阪市立美術館で「妙心寺展」の初日でした。妙心寺禅の継承|大阪市立美術館大阪市立美術館は、
暑いですねいいことは洗濯物がすぐ乾くことかな・・・そんな朝から暑かった昨日、また妙心寺へ行ってきました目的はこちらこの赤い三門に年に一回上れる「三門懺法」に行きました三門に上がるのが大好きな私、これを逃す手はありません!階段はほかの三門に比べて、そこまで急ではありませんでした(写真は禁止)楼上は中央に観音様、その両脇に十六羅漢さんがいらっしゃいました天井、柱にはいろいろ描かれていたようなんですが、拝観じゃないのでじっとのぞき込むのもな
2025.5.28妙心寺の中をぶらぶらここは、地元の人や学生さんが多くてインバウンドはいません静かで落ち着いた雰囲気が京都らしくて良いものです以前行ったので今回は行っていませんが、雲龍図は迫力があり見応えあります妙心寺玉鳳院妙心寺宝蔵と蓮池大心院公開されていたので拝観しました仁和寺金堂の特別公開で凄い人出にうんざりした後に閑静な寺院の中の散策は気持ちも穏やかになり良かったです京都も場所を選べば良いところはまだまだたくさんあります
昨日の野球観戦から京都観光に戻りますあと少しお付き合いくださいませ二尊院から法金剛院を目指しました花の寺として名高く以前の機会では閉まっていたので今回もそんな気がしましたが…やはり閉まっていました毎月15日だけ拝観可と貼り紙がありましたハスのころ、来られたらいいでしょうねぇ法金剛院の非公開は想定内それでは妙心寺へ行きましょうどちらも最寄駅はJR山陰本線の花園公開中の塔頭は…行ったことのない大心院にしました1479
お読みいただき、ありがとうございます。昨日、今日の朝ドラばけばけの物乞いをするタエ=北川恵子さんボロは着ても綺麗✨‼️撮影場所は、妙心寺の本堂の横、霊雲院の塀(妙心寺北門から本堂に続く道)(xからお借りしました)この辺りに住む私達にとっては、日常生活の道。まだ必殺仕事人などのチャンバラがある時は、撮影がよく来ていました。妙心寺北門から通り抜けるとJR花園駅があるため、撮影を知らずに来ると、「すみません🙏💦ちょっと待ってください🙏」と止められた事も、、、。
おはようございます。京都癒しの旅下戸眞由美(おりとまゆみ)です。一昨日、妙心寺に行ってきました。まずは塔頭の大雄院さんへ。お世話になっている方に会いたくて。久しぶりにお目にかかれて良かったです。先日、知人から送られてきた写真。一番右が拙著「京都癒しの旅」知らないところで応援してくださっていることに感激しました。この日は、参拝の方にもテレビ放送のことまで、伝えてくださっていました。泣金澤翔子展の会場にもなっていて、ゆっくり拝見。失礼しようとご挨拶すると「金澤翔子展、本坊に
田捨女3)粟の穂や身は数ならぬ女郎花柏原本町・西楽寺の境内にこの句の碑があり、『寛政10年(1798)自筆』となっている。https://www.artm.pref.hyogo.jp/bungaku/map/detail/m435/田ステ女は元禄11年1698年に没している。『ステ』の名も入っているけれど、自筆原稿からの写しなのかな。女郎花に関して連俳書では、『女郎花はいかなる歌にも女にして詠みはべるなり。発句にもその心あるべし』とある。(山本健吉基本季語五○○選講談社