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無限城アイスタで宴の時間だ!清水エスパルスは5月末の第18節vs神戸戦以来となるリーグ戦での勝利をホームvs横浜FC戦で挙げ久々に勝点3を上積み、残留争いに待ったを掛けましたスタメン、GKは沖ではなく水曜日の天皇杯3回戦@湘南戦でビッグセーブを連発していた梅田を起用、ブエノが3試合ぶりに公式戦に戻って来たのは心強いこの試合から8月までのホーム3試合はディープシーブルーの限定ユニを着用しての戦いとなりますオレンジ要素が無くどこどなく違うチームを見てるみたい堅守速攻の横浜FC
やっと時間が出来たので、4月19日第41回皇后杯全日本女子柔道選手権大会の録画をゆっくりと視聴この大会は、ポイント差が無い場合でも延長戦無し・旗判定決勝戦の8分間を攻め続けて、40kg近くの体重差をも克服して勝利を掴んだのは、警視庁の渡邉聖子選手体重無差別の全日本大会で、63kg級選手の優勝は、本当に素晴らしい旗判定の瞬間「柔よく剛を制す」嘉納治五郎先生もさぞやお喜びの事でしょう今回の大会は、国際ルールと違い”組んだ状態で帯から下を掴む事を反則としない”という素敵な
日本武道館で今日行われた全日本柔道選手権=天皇杯は、10月の世界選手権90㌔級代表同士の決勝となり田嶋剛希が村尾三四郎に残り12秒で技ありを奪って優勢勝ちし初優勝を飾った。体重無差別で行われる天皇杯は基本的に100㌔超か100㌔級の選手達で優勝を争われており、90㌔級選手同士の決勝は初めてだし12年の加藤博剛以来の快挙。とはいえ最重量級である100㌔超級の選手で準決勝に残ったのは、アジア大会代表の太田彪雅のみでベスト4を90㌔級2人と100㌔級1人という状況
みなさんこんにちは。4年平泳ぎ担当の谷藤大斗と申します。ついに「ラストブログ」ということで軽く語らせていただきます。時の流れは早く、気づけばもう最後の決戦の時。人生最大の青春4年間を過ごしてきた。今までの競泳人生の集大成、命懸けで中央大学を頂点にしたい。今思えば、僕たち4年生が中央大学の受験時に、全身真っ白のアンダーアーマー姿の赤坂くんが「緊張せぇへん?」って僕に勇気を出して話しかけてきてくれた時から僕らの青春は始まっていました🔥1年生の時は本当にボロボロな結果ばかりで、ベストから10
こんにちは。環太平洋大学3年の津川侑和です。今回は、天皇杯岡山県予選決勝と今後の目標について書きたいと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。「J撃破」――これが今年の天皇杯におけるチームの目標です。シーズン開幕前、チーム全員で話し合い、この目標を掲げました。昨年の天皇杯予選準決勝では敗退し、非常に悔しい思いをしました。自分自身もその試合に出場しましたが、何もできず、不甲斐ないプレーに終わってしまいました。大好きな先輩たちと少しでも長くサッカーをしたい、そして共により高い舞台を目指した
いよいよ今年から、Jリーグが秋春制シーズンに移行する。また、今年はFIFAワールドカップの開催年でもある。下記の表は、今年初めから2026-27シーズン終了までの、日本サッカー関連の主要スケジュールをまとめたものである。日本サッカー関連のスケジュール表では、表の内容について少しだけ補足ね。秋春制移行に先立ち、「特別シーズン」を開催秋春制への移行後は、当年8月(秋)から翌年5月(春)までが1シーズンとなる。移行期となる今年(2026年)は、2026-27シーズ
環太平洋大学FC2年西谷大彪です。天皇杯を終えてブログを書くことになりました。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。「俺が試合を決める。」これは私が昨シーズンから強く願っていることです。大学入学からFCに所属し、後半の途中から出場する機会が多く今シーズンに入ってもFCで同じような出場機会を与えてもらっています。昨シーズンは少ない出場時間でリーグ戦シュート8本、5ゴールという結果でした。この結果で自分を試合に出せばなにか起きるのではないか。シュート打てば点が入
こんにちは!松村駿佑です!!🍕ついにブログも2週目に入りました!今回のテーマは部屋紹介です!中央大学には、4年生が何人かの下級生の面倒を見る部屋という制度があります!これは寮時代からの文化でそれぞれが一人暮らしになった今でも続いています!😊それでは、僕が所属する部屋を紹介したいと思います!❤️🔥僕が所属するのは中谷部屋です!👓これは部屋会で東京スカイツリー⚡️に行った時の写真です!!部屋のメンバーは我らが部屋パパであり、中大のムードメーカー的存在の中谷風希さん!👓🌪️🤧😴
環太平洋大学Aチームの尾﨑輝です。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。今回は自分の大学サッカー人生について書いていこうと思います。自分はi3からスタートしました。1年の終わりに遠征で右膝の前十字靭帯を断裂し、2回の手術とリハビリで1年半の時を経て復帰することができました。手術とリハビリの苦しさや痛みは今でも鮮明に覚えています。そこからはi2で全国を目指してやってきました。このチームなら行けるだろう、このチームで全国に行きたいという思いがとても強かったことを覚えていま