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中央線で東京方面に向かう時、市ヶ谷を過ぎた辺りで、左手の土手に目が向き、思わず並ぶビルを見てしまう。そこには、かつて「CBSソニー」と看板が掲げられた、黒いビルがあったからである。CBSソニーは、歌謡曲なら天地真理や南沙織、浅田美代子など、当時のアイドルたちの代表的なレコード会社だった。また、クラシック音楽なら、ワルター、オーマンディ、バーンスタインやセル、ホロヴィッツなど、錚々たる巨匠の盤を出していた。アイドルも巨匠たちも、私の聴く音楽の中心的な存在であ
早いもので今日から10月。昭和のスーパーアイドル天地真理が「水色の恋」でデビューしたのが1971年10月1日。天地の歌と笑顔に多くの人が元気づけられた。写真はマネージャーをしていた1976年頃。ファンの人からもらいました。僕、頭切れちゃってるけどね。もう50年も前になってしまった。天地の数々のヒット曲と一緒だったシーンが今でも走馬灯のように脳裏に浮かぶのです。実は世間の人が思っているより音程もいいし、歌上手いんですよ。それに誰もが歌えるわかりやすい詞と憶えやすいメロディーの曲が多く、楽曲が
正月に、一時代を作ったアイドルだった天地真理さんの新年のメッセージがネットに紹介された。これはテレビが取り上げたニュースである。☆わたしはこのニュースに忸怩たる、苦い思いを抱かざるを得なかった。☆私は芸能記者をやっていた時、彼女を芸能記者として一番最初に見つけ出し、一番最初に見捨てた芸能記者である。細かいことは書かないが、彼女は最初の頃、二人で新宿にあったお母さんの手毬という食堂で一緒にご飯を食べたり、喫茶店で一緒にお茶を飲みながら雑誌に載せる原稿を考えたりした。
小さな私藤田とし子1970年第2回ポプコン作曲コンクール参加作品『小さな私』斉藤マリ(ヤマハボーカルスクール出身)水色の恋天地真理1971年大ヒットした0:49~「水色の恋」と同じフレーズが流れる昨日、BSフジでGS特集を見ていたけれども、その全盛期は1966年~1970年代に入るまでの時期で、終焉に近づいた頃から、井上陽水や中島みゆきソロで堺正章が唄い始めたことが紹介されていた。私も、少し前からこのブログで(財)ヤマハ音楽振興会のポプコン、コッキ
先日五十嵐淳子さんが亡くなられました。中村雅俊さんの奥様、昔からおしどり夫婦で有名でしたね。享年73歳と聞きました。水道屋さんが中学生の頃ベスト30歌謡曲って歌番組で愛川欽也さんと司会されてました。1972年頃かな?当時かわいいアイドルさんといえば水道屋さんは天地真理浅田美代子さん綺麗な方はあべ静江さんでしたね~五十嵐さんはきれいで可愛くてって感じでした。いやホント。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1979年7月号の表紙はフィーバーの三人でした。巻頭グラフは芸能界復帰を果たし、森光子さん、森田公一さんが駆けつけて「天地真理を励ます会」が開催された天地真理さん、新メンバー加入のトライアングルなどが取り上げられています。ホット情報に掲載された天地真理さんの記事には「天地真理を励ます会」での森光子さん、森田公一さんの挨拶も載せられています。ホット情報にはトライアングルのメンバーチェンジの理由も書かれています。異色対談は園
vs空手編が終わり、次はどういう展開で来るのかと思ったら、vsガキ大将編が始まります。井之頭軍司!青田小学校の番長を務める将来有望な小学3年生(笑)上級生は何をしとんねん…そんな軍司、無謀にも岩鬼に喧嘩を売ります。山田太郎の最大にして唯一とも呼べる弱点、それが「鈍足」です。まぁ全て完璧な主人公なんて逆に魅力無いですからね…そんなわけで岩鬼vs軍司。蹴ってはいません、殴ってます(笑)そして怒った岩鬼は軍司を背負い投げで瞬殺。中学3年生vs小学3年生の決闘が終わりました(笑)さて山