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早いもので今日から10月。昭和のスーパーアイドル天地真理が「水色の恋」でデビューしたのが1971年10月1日。天地の歌と笑顔に多くの人が元気づけられた。写真はマネージャーをしていた1976年頃。ファンの人からもらいました。僕、頭切れちゃってるけどね。もう50年も前になってしまった。天地の数々のヒット曲と一緒だったシーンが今でも走馬灯のように脳裏に浮かぶのです。実は世間の人が思っているより音程もいいし、歌上手いんですよ。それに誰もが歌えるわかりやすい詞と憶えやすいメロディーの曲が多く、楽曲が
正月に、一時代を作ったアイドルだった天地真理さんの新年のメッセージがネットに紹介された。これはテレビが取り上げたニュースである。☆わたしはこのニュースに忸怩たる、苦い思いを抱かざるを得なかった。☆私は芸能記者をやっていた時、彼女を芸能記者として一番最初に見つけ出し、一番最初に見捨てた芸能記者である。細かいことは書かないが、彼女は最初の頃、二人で新宿にあったお母さんの手毬という食堂で一緒にご飯を食べたり、喫茶店で一緒にお茶を飲みながら雑誌に載せる原稿を考えたりした。
今日2/19は地動説を提唱したコペルニクスの誕生日で『天地の日』だそうです地動説ってそれまでの“当たり前”をひっくり返した考え方ですよねでも……「天地」と聞いて真っ先に天地真理さんが思い浮ぶのは私だけでしょうか?(笑)お越しいただきありがとうございます♡365日ブログ#333こんにちは三鷹の隠れ家サロンDODAIYAの藤原明美です40代以上の髪のお悩み[白髪・薄毛・うねり]に特化私自身が薄毛に悩んだからこそあなたの髪
や~っとオーディオの春が来た例年なら、1月も半ばになれば初レコードを掛けるに足る室温になる日が、ちらほら現れるものだがこの冬は、当たり前に寒くて初レコードは2月の末日だった。分不相応に、欲張って高く広く建ててしまったので暖房が効かないしかしまぁそんなこんなあろうとも我が愛するリスニングルームが真理ちゃんシアターだ早いもので、もう四半世紀が経って
昭和のアイドル御三家です。一般的に、アイドルという名称が使用されるようになったのは1970年代前半ころで、その時代はカラーテレビの本格運用・普及の時期でもあります。アイドル発生にはアイドルの重要要素である「色」が映像に加わったという時代背景もあったようです。1950年代の御三家といえば「美空ひばり」「江利チエミ」「雪村いずみ」1960年代には「中尾ミエ」「伊東ゆかり」「園まり」のスパーク三人娘1970年代に入ると「天地真理」「南沙織」「小柳ルミ子」が大人気!やっぱ
ドリフも真理もルミ子もずらりそろったオールスターの大運動会だよ!ヨーイ・ドン‼――。昭和48(1973)年10月1日(月曜)、ナベプロこと渡辺プロダクションの企画・制作によるビッグスペシャル激突‼ドリフ対抗大運動会(NETテレビ)の番宣広告2種。タイトルだけ見ると、ドリフターズの面々が二手に分かれて、それぞれ豪華タレントを従えては運動会を競い合うように見えるが、よく見るとそうではない。ドリフの面々は小柳ルミ子や大信田礼子、本郷直樹、なべおさみ、小松政夫、そして荒井注の後釜
今日、8月6日は・・・私の大切な兄の誕生日‼️✨🎂✨同じ誕生日なのが・・・歌手として俳優として司会者としてエンターテイナーとしてさまざまな顔を持つ堺正章さんですが今日がお誕生日で79歳になられました✨お誕生日✨🎂✨おめでとうございます✨とても器用で才能ある方だと思います歌にドラマに司会業どれも大当たりしたマルチタレント‼️✨やっぱり大物芸能人だと思います✨✨芸能界の巨匠!✨堺正章・天地真理・浅田美代子「街の灯り&赤い風船」街の灯り堺正