ブログ記事2,921件
・東博で、10/14日から開催の「大徳寺」の特別展行ってきました。(サブタイトルは「本朝無双之禅苑」)。写真はダメ。最後の部屋の利休の像(明治時代作成)とかのみOK。これまでに「茶の湯」展とか、「宗元仏画展」、万博の時の大阪市立美術館などの展示にもでていたものがあり、「国宝」は全部で14点?そのうち、半分くらいはみていた。・今回見た「新規の」国宝は前期(10/14-11/8)では、(作品番号7:前期のみ展示)「達磨忌拈香語」虚堂痴愚著(大徳寺)(作品番号19:前期のみ展示)「宗峰妙超
・大徳寺展は、10/14からスタート。展示物が入れ替わるので3回行かなくちゃ。でも過去に見た「国宝」も多く、全くの「新規」は件数は、6件?!てことは、全部見ても「見た」累計は921件。全1,154件の8割以上(924件)を達成するのにはあと3件足りない。別途、何とか年内に3件追加をめざそう。・というわけで、色々と候補をみてみた。「源氏物語」は京博で開始、東博は来年開催予定。徳川美術館でみているのでいいか?!と思ったが、そこでは見られなかった展示もある。https://genjiten.jp
14日から始まった東京国立博物館の大徳寺展。開会前日の内覧会で鑑賞できることになり、楽しみに出かけてきました。東博の展示は数が多く、いつも疲れ果てるのですが、今回もそれを恐れて、重点的に見ましょうと思っていましたが、初めからどれも見過ごせない展示が続き、途中休み休みしながら、二時間ほどの時間を費やしました。茶と禅について学ぶことの多いお茶生活で、大徳寺は茶人の心のメッカとばかり、何度か訪れましたが、そんな時でも平素ではなかなか見られない貴重な美術品に、これが最初で
昨日は東京国立博物館に大徳寺展を見に行きました。豊臣秀吉が千利休に切腹を命じた原因になったとも言われる大徳寺山門の千利休像を拝謁しました。(=^x^=)
ご訪問いただき、お読みくださりありがとうございます。先月、京都の大徳寺へ行ってきまして。大本山大徳寺臨済宗大徳寺派の大本山で龍寶山と号する。鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超禅師が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。daitokuji.org大徳寺はたくさんの院が集まって構成されているのですが、それぞれは時期によっては公開されるもののほとんどが非公開です。現在もいくつかの院が特別公開されていますが、その中で「大徳寺聚光院開創460年記念
今日もブログにご訪問ありがとうございます久しぶりに、グルメなMさんのお宅に、旦那サンと一緒にお呼ばれしてきました〜グルメなMさんご夫妻はシンガポールに旅行に行かれて、そこで食べたバクテーという料理が美味しかったそうで、そのバクテーと、バクテーのお供の揚げパンを旦那様が作ってくれることに。私はバクテーやシンガポール料理は初めてだから、どんな味がするか楽しみでした。グルメなMさんと言えば、フレンチかイタリアンだったので、何気にMさんのアジアンを食べさせてもらうのは初めてかも??初めてのバク
京都に三軒味噌松風の有名なお店がありますそれぞれに特徴があって好みもあると思います初めて買った味噌松風は大徳寺横の松屋藤兵衛さん初めから切ってあり大徳寺納豆がわんさか硬さは3軒のうち真ん中かなかなり大徳寺納豆の味が強いです私はここのさざれ石が好きカルメ焼きですけれどほんのりニッキの香りがお干菓子にいいです御所前竹屋町通りの松屋常盤さんここのは柔らかくて和風カステラという感じ一番食べやすくて好きで京都に行くと
大徳寺は京都の有名寺院とはいえ大徳寺というのは1つの寺院ではなく広大な敷地に本坊と多数の塔頭から構成される寺院群を指す電車、地下鉄で行くにはちょっと不便な所だが、この広い境内をあちこちを巡り、最後に北側に出て今宮神社を参拝し、その参道にある名物あぶり餅を味わうというのがここでの楽しみその大徳寺は大燈国師により正中2年(1325年)に正式に創立されている、という事でそれから700年の記念展示会開館直後に行くと入り口には長めの行列というのも最近東博の入り口はチケットチェックだけではなく、空
今日の1枚のアート(←勝手に名付けた)今回は東京国立博物館から、本館の常設展の1階、第8室の近代美術の部屋にあります。●前田青邨《朝鮮之巻》1915年(大正4年)東京国立博物館キャプションによると、今村紫紅の名作、重要文化財《熱国之図》をみて感化された前田青邨は、大正4年(1915年)に単身朝鮮半島のに渡り、平壌付近の風景を取材して、作り上げた作品。第2回再興院展で絶賛されたそうです。▼今村紫紅の《熱国之図》の記事『横浜美術館で「没後110年日本画
昨日から裏千家11代の玄々斎のことを書いているが玄々斎は、三河の奧殿藩大給(おぎゅう)松平家から裏千家に養子に入り、その秋には剃髪して玄室を名乗ったらしい当時裏千家は、加賀前田家、松山の久松松平家の茶道として禄をいただく身分だったので、(のちに加増されたが、年間100石~200石程度だったらしい)だとすると、士分ではあるものの、江戸時代の身分制度のなかではかなり低い身分で親藩の松平家の藩主の子弟で部屋住みとはいえ、藩主候補だったわけだからいきなり養
お読みいただきありがとうございます😄茶友さんから「1席だけ行かない?」とご連絡をいただき、大徳寺の月釜へ行ってきました着物の準備をしていたのですが、義父母のケアマネさんとの電話が長引き、急遽お洋服に。8、9割のお客様はお着物でした。後水尾天皇より拝領と伝わる勅使門(重文)山門金毛閣(重文)二階に、仏像とともに利休さんの像が安置されているそうです。(昨年も見学する機会があったようですが、逃しました)仏殿(重文)御本尊は釈迦如来です。今日訪れたのは三玄院さんの
おはようございます。8年ぶりの京都旅行2日目後編です。知恩院、晴明神社、北野天満宮、金閣寺の後は、今回の旅の目的の一つ「大徳寺聚光院」開創460年特別公開を見たくてウキウキしながら行ってまいりました。聚光院は狩野永徳•松栄の障壁画、千住博の障壁画「滝」千利休の菩提寺であり、三千家の代々の墓所でもあります。茶室閑隠席と枡床席も拝見してきました。スタッフの方が説明してくださりわかりやすかったです。⛩️次は貴船神社へ。こちらも絶対行きたかった場所です。貴船神社