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「顔も、言葉も、はっきりとは思い出せませぬ。けれど、目が覚めるたびに、胸の奥に何かが残っておりました。それが何なのか分からぬまま、森家の者たちに尋ねました」蘭丸は私を見る。「同じ夢を何度も重ね、私は漸く思い出したのです。私は、信長様にお仕えしていた。信長様が亡くなられた後も、お方様のお傍にいたのだと」私は何も言えなかった。記憶とは、ただ頭の中に残っているものではないのかもしれぬ。言葉を忘れても、顔を忘れても、名前を忘れても、心の奥に刻まれたものだけは残ることがある。蘭丸が私のもとへ戻ってき
note更新しました。今日が休みでよかった|maojournalなんか、予期せぬ事が起きたとき「今日が休みでよかった」と思うことがある。雨ばかり降っていた9月。大型台風が関東に接近したときのこと。まさに台風がやって来るぞというその日から2連休取っていて、台風の中を出勤するという難を逃れることができた。偶然とは言え、「今日が休みでよかった」わたしはなんて運がいいんだと心の中でニヤニヤしてた。つい先日、愛用してい…note.com
17音声ガイド139重要文化財百鬼夜行絵巻伝土佐光信筆室町時代15世紀1017土1022
かいしゃを15:30に出て上野へ。途中に暗い会場があり、うーっと思っていましたが、行ってみると、国宝の曜変天目茶碗ありました。曜変天目:星雲のような光彩が浮かぶ最高峰の茶碗で、世界で完全な3碗のみが日本で国宝指定されています。危うくスルーするところでした。日本には国宝の曜変天目茶碗は3碗あります。一碗は東京駅近くの静嘉堂文庫美術館に曜変天目茶椀があります。ここの天目茶碗は2回ほど見に行っています。一碗は大阪の藤田美術館です。ここはまだ行った事ないです。天目茶碗は中国の宋の時代に出
開創700年記念特別展「大徳寺本朝無双之禅苑」(ほんちょうむそうのぜんえん)@東京国立博物館平成館2026-62-①いよいよ始まりました大徳寺展約二年ぶりの国立博物館訪問です過去記事:『全てに感謝松林図屏風(国宝)鑑賞【国立博物館】』全てに感謝【(国宝)松林図屏風】2024-1今年も、美術館巡りをライフワークの一つとしたいと思います。2024年最初の美術館は国立博物館。たぶん物心つい…ameblo.jp分館の黒田記念館には今年のお正月に来
14日から始まった大徳寺展。曜変天目(ポストカードのスキャン↑)を見たくて、前売り券を買ってました。セキュリティー強化の為、入口で手荷物検査が実施されるようになりました。手荷物の口を開けてカゴにおき係員が中身をチェック、金属探知機ゲートを通ります。大徳寺の開創から禅宗美術の精華を辿る展示です。曜変天目は第4章の暗い部屋に陳列されていて、観るために少し並びました。「展示ケースに沿って止まらずにお進み下さい!」と学芸員が何度も言ってくる…。大徳寺龍光
その私邸桃源洞はもう存在しない、その後、跡地の所有者は変わり、今の所有者は、、、Igotafeelingthateverythingaroundusischangingrapidly,andwewillneverseethesamethingstwice.周りのものはつねに移り変わってゆく。同じものを二度と見ることは出来ない。D.ボウイ教授とのインタビューにて、1979年諸行無常だなぁ、、この日は正傳寺さんにお参りした後、少しばかり歩いて
実家にあった本の1冊。佐竹本三十六歌仙から始まり岡本太郎までの何人かの美術史での起きた出来事をまとめてる本である。日本美術史で、1番の事件簿と言えば、やはりこの最初に書かれている佐竹本三十六歌仙を分断したことであろう。これが分断されていなければ、間違いなく国宝になったろう絵巻を明治に分断してしまった。この話はNHKでも番組で放映しているので知っている人が多いと思う。ただ、この本は起きたことを淡々と書いているので、いかに素晴らしい絵巻が分断されてしまったということが書かれていない。このほかの話で
今日もブログにご訪問ありがとうございます久しぶりに、グルメなMさんのお宅に、旦那サンと一緒にお呼ばれしてきました〜グルメなMさんご夫妻はシンガポールに旅行に行かれて、そこで食べたバクテーという料理が美味しかったそうで、そのバクテーと、バクテーのお供の揚げパンを旦那様が作ってくれることに。私はバクテーやシンガポール料理は初めてだから、どんな味がするか楽しみでした。グルメなMさんと言えば、フレンチかイタリアンだったので、何気にMさんのアジアンを食べさせてもらうのは初めてかも??初めてのバク
上野の東京国立博物館と、六本木のサントリー美術館へ行きました。・東京国立博物館では、今日から開創700年記念特別展「大徳寺本朝無双之禅苑」を開催。・サントリー美術館では、今日から「逸翁美術館コレクション蕪村・呉春と茶の湯の名品」の後期を開催。先ずは上野へ。大徳寺展は初日なので避けたいと思い、2日目に行こうと思っていたのでしたが、スケジュールの都合で初日に行くことになりました。そんなには混んでいなかったですが、平成館の入口前で(1グループ分)待機させられましたので
・東博で、10/14日から開催の「大徳寺」の特別展行ってきました。(サブタイトルは「本朝無双之禅苑」)。写真はダメ。最後の部屋の利休の像(明治時代作成)とかのみOK。これまでに「茶の湯」展とか、「宗元仏画展」、万博の時の大阪市立美術館などの展示にもでていたものがあり、「国宝」は全部で14点?そのうち、半分くらいはみていた。・今回見た「新規の」国宝は前期(10/14-11/8)では、(作品番号7:前期のみ展示)「達磨忌拈香語」虚堂痴愚著(大徳寺)(作品番号19:前期のみ展示)「宗峰妙超
14日から始まった東京国立博物館の大徳寺展。開会前日の内覧会で鑑賞できることになり、楽しみに出かけてきました。東博の展示は数が多く、いつも疲れ果てるのですが、今回もそれを恐れて、重点的に見ましょうと思っていましたが、初めからどれも見過ごせない展示が続き、途中休み休みしながら、二時間ほどの時間を費やしました。茶と禅について学ぶことの多いお茶生活で、大徳寺は茶人の心のメッカとばかり、何度か訪れましたが、そんな時でも平素ではなかなか見られない貴重な美術品に、これが最初で
京都に三軒味噌松風の有名なお店がありますそれぞれに特徴があって好みもあると思います初めて買った味噌松風は大徳寺横の松屋藤兵衛さん初めから切ってあり大徳寺納豆がわんさか硬さは3軒のうち真ん中かなかなり大徳寺納豆の味が強いです私はここのさざれ石が好きカルメ焼きですけれどほんのりニッキの香りがお干菓子にいいです御所前竹屋町通りの松屋常盤さんここのは柔らかくて和風カステラという感じ一番食べやすくて好きで京都に行くと
昨日は東京国立博物館に大徳寺展を見に行きました。豊臣秀吉が千利休に切腹を命じた原因になったとも言われる大徳寺山門の千利休像を拝謁しました。(=^x^=)
10月15日の歴史天正10年(1582)10月15日羽柴秀吉が亡き主君織田信長の葬儀を京都大徳寺にて盛大に行った秀吉が自分が信長の後継者である事を世に示すための葬儀であった!!以前行った特別拝観記事を再投稿です↓↓2015大徳寺総見院秋の特別拝観大徳寺総見院京都に数ヶ所ある中の1つの信長公の墓があるお寺さんですでは総見院内を探検しましょうまずは本堂で総見院の説明会に参加念願の信長公木像と対面この信長公の像が総見院さんのご本尊様
大徳寺は京都の有名寺院とはいえ大徳寺というのは1つの寺院ではなく広大な敷地に本坊と多数の塔頭から構成される寺院群を指す電車、地下鉄で行くにはちょっと不便な所だが、この広い境内をあちこちを巡り、最後に北側に出て今宮神社を参拝し、その参道にある名物あぶり餅を味わうというのがここでの楽しみその大徳寺は大燈国師により正中2年(1325年)に正式に創立されている、という事でそれから700年の記念展示会開館直後に行くと入り口には長めの行列というのも最近東博の入り口はチケットチェックだけではなく、空
私はそう言いながら、ふと家康の顔を思い浮かべた。信長と家康は長く同盟を結んでいた。殿は家康をただの同盟相手としてではなく、己と同じく乱世を生き抜く器量を持つ者として見ていたように思う。この先、家康がどこまで世に出てくるのかは分からぬ。だが、少なくとも今の私には、あの男にはこれから先も歩み続ける力があるように思えた。「そうじゃ。そうすればよい。そなたほどの者なら、いずれは一国一城を預かる身になるやもしれぬ。若いのだから、私のような者に付き従って朽ちていく必要などない」「お方様」「そうだ……」
今日の1枚のアート(←勝手に名付けた)今回は東京国立博物館から、本館の常設展の1階、第8室の近代美術の部屋にあります。●前田青邨《朝鮮之巻》1915年(大正4年)東京国立博物館キャプションによると、今村紫紅の名作、重要文化財《熱国之図》をみて感化された前田青邨は、大正4年(1915年)に単身朝鮮半島のに渡り、平壌付近の風景を取材して、作り上げた作品。第2回再興院展で絶賛されたそうです。▼今村紫紅の《熱国之図》の記事『横浜美術館で「没後110年日本画
ユリアン「おはようございます、提督。水曜日です。今週も半分まで来ましたね」ヤン「週の半分か。月曜日が祝日だったから、今週は少し得をした気分だね。人間の幸福というものは、案外、暦の配置に左右されるらしい」ユリアン「提督の場合、休日が増えても紅茶を飲む時間が増えるだけのような気がしますけど」ヤン「それは立派な文明の成果だよ、ユリアン。人類が何千年も働いて社会を発展させてきたのは、最終的には安心してお茶を飲める時間を増やすためだったのかもしれないからね」ユリアン「さて、今朝は5件です。日本の原
空が高く、金木犀の香りが漂いまだまだ夏日ですが、秋を感じています。秋の京都を楽しみにされている方も多いのでは?こんにちは。京都癒しの旅の安藤加恵です。11月30日は、静かな京都をご案内しますよ!普段非公開の芳春院へ。NHK文化センター様の1日講座で、私達だけの為に特別に拝観させていただける特別な一日。お申込みくださった皆様のみの貸切です。あと少しお席ございます。秋が深まる11月30日、京都はきっと錦秋の色に染まっている事と思います。金閣・銀閣・飛雲閣と並ぶ京都四閣の一つ「呑
今後予定のお客様長崎と宮崎からです。飛行機で伊丹からの京都へ。長崎は3回訪れているので話題もありますが。宮崎は学生時代行ったきりで。やはり全国から入洛されますので、お客様に合わせた話題提供のためにも。全国へ出向かなければです。東北地方が行けてないんですよね。【お弁当】大徳寺さいき家さんだし巻きとおいなりさん帰路の新幹線・バスで手軽にいただけます。
10月の連休最終日。大徳寺、建勲神社を散策しました。とってもよい天気で街並みや山々がとても綺麗でした。
ご訪問いただき、お読みくださりありがとうございます。先月、京都の大徳寺へ行ってきまして。大本山大徳寺臨済宗大徳寺派の大本山で龍寶山と号する。鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超禅師が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。daitokuji.org大徳寺はたくさんの院が集まって構成されているのですが、それぞれは時期によっては公開されるもののほとんどが非公開です。現在もいくつかの院が特別公開されていますが、その中で「大徳寺聚光院開創460年記念
京都です・・・・寺町通りでなく、京都御苑の横の道を南下する・・・オシャレ感ある住宅。。外車ばかりが駐車場にあった。御所ひがし。。。溝の前にもオシャレ感あるコーン童地蔵さんの前まで来た。いろいろ書いてあるわ。。。AIによると・・・建仁寺管長による命名と揮毫このお地蔵様は、京都最古の禅寺である臨済宗大本山建仁寺の第487世(建仁寺派第9代)管長である小堀泰巖(こぼりたいがん)老師によって「童地蔵」と命名され、直筆でその名が延命札に揮毫・お墨付きを与えら
10/10〜12の三連休は京都に金曜日仕事終わりに出発指定席・自由席共に満席翌朝、今宮神社に参道の「あぶり餅一和(一文字屋和輔)」向かいの「あぶり餅本家根元かざりや」と食べ比べ大徳寺でお庭鑑賞長女と合流五つ星ホテル「CapellaKyotoカペラ京都」で義母のお見舞い来月お店を閉める老舗の名店「お好み焼き湯浅」開店前にお邪魔して店主の湯浅クンと記念撮影美味しかっただけに残念…「ザ・ホテル青龍京都清水」で晩ごはん
ももこですプチ贅沢するのが楽しくてお金の使い方など日々工夫してます!節約できるところは節約して楽しむ時は我慢しないママが幸せだと家族も幸せ自分の機嫌は自分で取るために頑張ってる主婦のブログですおはようございます!ももこです50代になってからは有名な場所をたくさん回る旅よりも静かな場所でゆっくり京都を感じる旅がいいとしみじみ。そんな私が今回おすすめするのが大徳寺黄梅院(おうばいいん)。普段は非公開で春と秋の限
・大徳寺展は、10/14からスタート。展示物が入れ替わるので3回行かなくちゃ。でも過去に見た「国宝」も多く、全くの「新規」は件数は、6件?!てことは、全部見ても「見た」累計は921件。全1,154件の8割以上(924件)を達成するのにはあと3件足りない。別途、何とか年内に3件追加をめざそう。・というわけで、色々と候補をみてみた。「源氏物語」は京博で開始、東博は来年開催予定。徳川美術館でみているのでいいか?!と思ったが、そこでは見られなかった展示もある。https://genjiten.jp
何処か気になっているのに良く判らない。こういう時は何処までも粘る。昔ベテランデザイナーにいわれた「いつまでもやってないで、プロはとっとと済ませて遊びに行くんだよ。」何処か変なのだが、何処をどうすれば良いか判らない。独学我流者は、この悪夢を見ているような年月が長かった。何しろ始めてしまう丹田辺りにいる私は技術的なことなどお構いなしである。今は最後まで粘れば逆転を呼び、成否を決することを知っている。このおかげで、近所に大きな公園があるのに一度も行かずに引っ越す可能性が出てきた。肝腎な頭部の制作では
・10/14日から開催される特別展。もれなく効率的に国宝を観たいという観点でまとめてみた。「出品目録」が出そろったので。これと、これまで見た国宝のリストを照らし合わせた。・結果は、今回、「国宝」は13件リストには出ている。これを個別の「国宝」リストと照らし合わせると、作品番号18の「楊柳観音」は作品番号17の「山水図」の「付けたり」として後日国宝に指定された。また作品番号150の「花鳥図襖」と、作品番号151の「琴棋書画図襖」は、まとめて「方丈障壁画」として国宝指定されているもの。なので、
次に作るのは南浦紹明(大応国師)でなくとも、と思ったが、五十代の大徳寺の寿像を見ると奇抜な髪型と表情が、手掛けたことのないタイプであり、やはり南浦紹明だな、と。ところが手元にある図録などの資料は顔にスポットを当てているわけではないので、頂相特有の曲彔という椅子に座っている全身像で頭部はごく小さい。師弟である虚堂智愚と南浦紹明が良く似ていて区別が付いていなかった。嘉納治五郎と幸田露伴程度には似ている。何か違和感が挟まっていたのはこれだったらしい。引っ越し先探しもあるし、AIが南宋の禅宗における超