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概要福島県下の隠れキリシタンの墓で「史料あり」1基、史料は無いもののそう「言い伝えがある」4基を紹介します。会津92万石藩主蒲生氏郷は自身がキリシタン大名(洗礼名レオン)で、領内には教会やセミナリオ(神学校)もありました。その時代にキリスト教に入信し、禁教の時代になっても、その子孫が信仰を守っていたという事であろうと考えます。キリスト教と蒲生氏郷・1549年キリスト教伝来。・1587年秀吉による伴天連追放令(神父・宣教師追放令)。・1589年氏郷会津へ移封(42万石)
会津92万石の太守蒲生氏郷の五輪塔(興徳寺)、その子秀行廟(館薬師堂のとなり)、孫忠郷の五輪塔(高厳寺)、蒲生三代の治績と墓について紹介します。豊臣秀吉の奥州仕置の要として会津に入ったのが蒲生氏郷です。秀行は幼少での家督相続により家内が安定せず一時宇都宮18万石に移封されますが、関ヶ原の功績を認められ再度会津60万石に復帰するも若くして亡くなりました。忠郷も若年での家督相続により家内が安定せず、25歳にして亡くなりました。蒲生氏郷(1556~1595年)戒名:昌林院殿高岩宗