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ほんきで坂本まち歩き!2026~光秀と秀吉一族の坂本城を歩く~元亀2年(1571)9月、比叡山延暦寺焼き討ちのあと、織田信長が明智光秀に滋賀郡を支配させることを命じ、坂本(三津浜=現在の下阪本地区)の湖畔に城を築かせた。焼き討ち後の比叡山延暦寺の監視と物資輸送の管理を目的として構築されたのである。明智光秀ののち、秀吉政権下となり、丹羽長秀が再建し、杉原家次、浅野長吉が城主となった。天正14年(1586)、坂本城の大部分が大津城へと移転され、築城から15年あまりで廃城と化した。歴史上
こんばんは!NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を見ましたか-!戦国時代を「豊臣秀吉」と「豊臣秀長」が兄弟で手を取り合って立身出世して、天下統一事業を成し遂げていくというのが基本的なお話ですね。今日のお話は、「織田信長」の包囲網を構築していった「朝倉・浅井軍」が「延暦寺」の僧兵と共に、近江の「宇佐山城」を攻め立てた所から始まりました。この戦いで「織田軍」の重臣「森可成(よしなり)」が討ち死にしたことから、「信長」は加勢した「延暦寺勢」に対して、「焼き討ち」を敢行、その隊長に「明智光