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トップページ都道府県別索引へ新潟県の索引へ久田(くった)城は出雲崎町の北端近く、日本海に面した小山のてっぺんにある。荒波打ち寄せる海岸の間近にあって好天下なら佐渡島も見え、山が迫る狭隘な海岸沿いに道路や集落が海岸沿いにへばりつくように連なっている様子が望める。この地にあって御家人に列せられていた城長茂が建仁元年(1201年)に挙兵した事件にあたって追討軍に参じた土豪長野源左衛門が、その前後に築いたといわれるが定かではないとか。またずっと後の戦国時代には越後上杉家が家臣を置いていたとも
トップページ都道府県別索引へこの城は住宅地に隣接しているため、民家の庭などに入り込まないよう注意が必要です。また写真撮影の際には背景に庭などが写り込まないよう配慮も必要と思われます。弐分方城はJR中央線高尾駅から北に2kmほどの住宅地に囲まれた丘陵の外れにある。八王子城の一部として国指定史跡になった小田野城から東に2kmほど。住宅地に囲まれながら見つかったのは2024年で、赤色立体図中を活用しての発見とのこと。この日は夕方にしろうたカフェさんにて中井均、加藤理文両先生のトークショー
トップページ都道府県別索引へ山梨県の索引へ麓から急な登りの連続する尾根を登り、曲輪らしいところもいくつか通過して、比高にして170メートルばかり登ったところで、ようやく主たる曲輪群の一つの直下へ到達🙌ここも急斜面で、登れるところを探して西に回り込んでみると…なんか、虎口っぽくない?左の高台を右から回り込んで登ってゆくイメージなんだが…😅この西側にも尾根が落ちているが、その途中にも小さな段郭が一つだけ見えたりして…そして登った上は、東西に長いテニスコートより少し狭いぐらいの平場
トップページ都道府県別索引へ山梨県の索引へ山梨県内には戦国大名武田氏が置いたという烽火台、狼煙台がたくさん残っている。中央道須玉ICから増富温泉の方へ登ってゆく塩川沿いにもいくつか並んでいて、信州の千曲川上流方面までも繋がっていたらしい。この前の山烽火台は途中の塩川ダムの左岸すぐ上の山上にある。この日は津金方面の城2つを首尾よく回った後にこの流域を狙ったのだが、最初の目標だった大渡の烽火台は入山禁止の看板が立ち、次の比志城は駐車場を見つけられずに敗退した😅諦めきれずに地図を眺めてい
トップページ都道府県別索引へ山梨県の索引へ山梨県内には戦国大名武田氏が置いたという烽火台、狼煙台がたくさん残っている。いまは山梨市に属する笛吹川沿いも例外でなく、この下釜口烽火台は国道140号を『笛吹の湯』あたりまで行ったすぐ裏山に構えている。またの名を『三富の城山』とも呼ぶようで、『城山城郭遺構』として山梨市の史跡になっている。笛吹川沿いでは、下流の成沢烽火台の次に訪問したんだが…かつては『笛吹の湯』隣のグラウンド隅に立てられた螺旋階段から登れたようだが、登ったすぐ上にコンクリ擁壁が
トップページ都道府県別索引へ山梨県の索引へ花咲城もしくは花咲鐘撞堂は中央道大月IC・JCTのすぐ北隣に盛り上がった小ピーク、花咲カントリークラブとの間の狭い空間にある。いまは諏訪神社があって麓から登る道があるが、一部が放置状態に見える。歴史は不明なようだが、このあたりを領していた小山田氏の烽火台と考えられているらしい。午前中に御坂山地のトバ口の大野城に登ったが、疲れが来たので笹子トンネルからトンボ返りし、途中で立ち寄ることにした😅大月から上野原までの桂川沿いにはこんな感じの烽火台