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さて、ここ2週間くらいの間、いろいろありまして、それを具体的に書こうかと思ったんですよ。でももう原坊のライブ始まるし、端折りますwでも新御堂筋の下水管にょっきり事件!これは書かせて!毎日通勤で通るところだし、そんなところに10数メートルも生えてくるなんて、絶対フェイクニュースだろう思ったらホントだったのでビックリ!昨夜の段階でも、いまだ工事をやってます。※「いまだこうじを」って変換したら「今田耕司を」ってなったwあと、3月14日に腰痛が発症しまして、一瞬マシになったので19日
「セットリストサザンオールスターズLIVETOUR2025『THANKYOUSOMUCH!!』〜サザンライブ2025セトリ」S12852・松山千春DATABESE総合TOPPAGENF・アーティスト別LIVEDATABESE総合TOPPAGE◆更新履歴V1.0:2024.12.04初稿V1.1:2025.01.07ニューアルバム詳細を反映V1.2:2025.01.11各公演のセトリを順次、更新中V1.3:2025.02.0
12月中旬にアップしたまま、終わってましたね💦インスタ、FB、アメブロは内容をできれば使い分けていこうと思ってると、自分あるあるでどっかおろそかになるんですよね実は、年末に2025年の振り返りをするつもりで、1年間の主な写真もピックアップして、少し書き始めたんですけど、結局時間なくてとん挫してました。サザン関係は、サンキューライブ(端折り過ぎw)2回いけたし、九段下も行ったし、32回プロレス行ったとか、いろんなアーティストのライブも行ったとか、万博3回いったとかww書いたうえで新年の
6月3週目の更新です。いつもの公園はアヤメが満開です。色んな種類のアヤメが咲いています。ブルーが華やかなアヤメ。赤紫のアヤメ。こちらは薄紫のアヤメ。紫陽花も咲き始めました。--------------------------------------------------------------そう言えば紫陽花を咲く紫と歌った曲がありました。今回はその曲を載せたいと思います。花咲く旅路/原由子和風情緒豊かで
さばんさです。朝はだいたいFMラジオを聞きながら通勤しています。今日ラジオから流れてきた曲をUPしましょう。今日は音楽の日、こちらです↓1991年6月1日発売、原由子さんの3作目のアルバム「MOTHER」より、「花咲く旅路」です。この曲はシングル曲ではなく、現在にいたるまで、アルバム収録の1曲のままですが、多くの人が聞き覚えのある曲だと思います。「鈴なりの花を摘み吹く風に夏を知るおだやかにああおだやかに今ぼんやり遠くをながめてる」そう、
鎌倉よ何故夢のような虹を遠ざける誰の心も悲しみで闇に溶けてゆく鎌倉物語サザンオールスターズVo.原由子「鎌倉物語」、僕が大好きな曲です。一度、この曲で記事を書きましたが、僕の思い出話だけで終わってしまって、曲のことを書かずじまいでした。それくらい思い入れがある曲とも言えます。2回目に「鎌倉物語」に言及したのは原由子の「鎌倉OnTheBeach」の記事の時。今の彼とデートしながら昔の彼のことを思い出してブルーになっているちょっとめんどい彼女の歌
原由子45thAnniversaryLive「京都・鎌倉物語2026」ライブ・ビューイング原由子45thAnniversaryLive「京都・鎌倉物語2026」ライブ・ビューイング京都と鎌倉で開催される原由子のソロデビュー45周年を祝うアニバーサリーライブ『伊右衛門presents原由子45thAnniversaryLive「京都・鎌倉物語2026」』キャパシティを大幅に超えるチケットエントリーが殺到したことを受け、最終日である4月7日(火)の鎌倉公演を
Ah落葉舞う校庭で肩を寄せ語り合った夢は今も忘れずにいるけどAh好きだったあの歌もあの人も想い出に変わって秋の空に溶けた少女時代斉藤由貴1988年(編曲武部聡志)僕が小学生だった頃、すぐにグループに分れておしゃべりしたりトイレに集団で行く女の子達を見てヘンな奴らだとずっと思っていました。Ah好きだったあの歌もあの人も想い出に変わって秋の空に溶けたとありますが、女性は初恋であっても想い出に変わって秋の空に溶けるものなのでしょうか。多
1979(昭和54)年にリリースされた、サザンオールスターズの3枚目のシングル、『いとしのエリー』は、サザン史を代表する、名曲中の名曲である。そして、実は、『いとしのエリー』は、桑田佳祐が原由子のために作った曲である。現在、私は当ブログにて、「新・『いとしのエリー』誕生秘話」を連載している。『新・『いとしのエリー』誕生秘話㉘~『別れ話は最後に』(前編)~』1979(昭和54)年にリリースされた、サザンオールスターズの3枚目のシングル、『いとしのエリー』は、サザン史を代
私が、このブログで書いた、「『いとしのエリー』誕生秘話」が、今、インターネット上のあっちこっちでパクられている、という話を、前回の記事で書いた。私は、サザンオールスターズが大好きであり、中でも、『いとしのエリー』は、特に思い入れの有る曲である。『いとしのエリー』は、桑田佳祐が原由子のために作った曲…という、とても素敵なエピソードを、原由子の自伝、『娘心にブルースを』を元にして、私がこのブログで何度も書いていたが、私の文体そのままに、インターネット上のあっちこっでパクられている
1979(昭和54)年にリリースされた、サザンオールスターズの3枚目のシングル、『いとしのエリー』は、サザン史を代表する名曲中の名曲である。そして、『いとしのエリー』は、桑田佳祐が原由子のために書いた曲であるが、現在、当ブログでは、「新・『いとしのエリー』誕生秘話」シリーズを連載している。『新・『いとしのエリー』誕生秘話④~『栄光の男』(後編)~』私が大好きなサザンオールスターズの楽曲、『いとしのエリー』は、実は桑田佳祐が原由子のために作った曲だった…というドラマを描
「演出など含むセットリスト2025年2月9日(日)サザンオールスターズLIVETOUR2025『THANKYOUSOMUCH!!』さいたまスーパーアリーナ2日目(8/26)【L2025-02】」S13094・松山千春DATABESE総合TOPPAGENF・アーティスト別LIVEDATABESE総合TOPPAGE◆更新履歴V1.0:2025.2.10初稿フォーマットのみ作成※作成中随時更新『●随時更新~最新記事リンク・文章番号&記事
1979(昭和54)年にリリースされた、サザンオールスターズの3枚目のシングル、『いとしのエリー』は、サザン史を代表する名曲中の名曲であり、私も大好きな曲である。そして、『いとしのエリー』は桑田佳祐が原由子のために作った曲である…。…という事で、現在、当ブログでは、「新・『いとしのエリー』誕生秘話」を連載している。『新・『いとしのエリー』誕生秘話⑮~『娘心にブルースを』~』1979(昭和54)年にリリースされた、サザンオールスターズの3枚目のシングル、『いとしのエリー
私は、サザンオールスターズが大好きである。「今更、何を言っているんだ」と思われるかもしれないが、私はサザンが死ぬほど好きである。そして、大のサザン好きである、この私が、最も大好きで、思い入れの有る曲こそ、『いとしのエリー』である。私にとって、『いとしのエリー』は、特別な曲なのだが、最近、私が書いた、『いとしのエリー』に関する記事で、思いがけない事が有った。それは、「私が書いた『いとしのエリー』誕生秘話が、インターネット上の、あっちこっちでパクられている」という事である。
1979(昭和54)年にリリースされた、サザンオールスターズの3枚目のシングル、『いとしのエリー』は、サザン史を代表する名曲中の名曲である。そして、『いとしのエリー』は、実は桑田佳祐が原由子のために作った曲でもある。現在、私は当ブログにて、「新・『いとしのエリー』誕生秘話」を連載中である。『新・『いとしのエリー』誕生秘話㉖~『気分しだいで責めないで』(後編)~』1979(昭和54)年にリリースされた、サザンオールスターズの3枚目のシングル、『いとしのエリー』は、サザン
今から2年後(2028年)、我が愛するサザンオールスターズが、1978(昭和53)年にデビューして以来、「デビュー50周年」を迎える。私は、愛するサザンが「デビュー50周年」を迎えた暁には、「サザン50年史」を是非とも書きたいと思っている。そして、私は既に、「サザン40年史(『サザンオールスターズと野球界の40年』)」を完結させているので、「サザン50年史」は、その「続編」として書きたいという「構想」が有る。さて、サザンオールスターズというバンドは、1978(昭和53)
原由子さんのツアーグッズは発表されました。楽しみですが、チケットはありません。ライブビューイング会場でも販売されます。ライブビューイングの抽選結果はまだなので行けるかわかりません。Tシャツ、タオル、エコバッグはお馴染みです。気になったのが、御朱印帳とコームです。古都らしいグッズでしょうか⁈