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はじめまして。さくらです現在、精神科閉鎖病棟に医療保護入院中です。自分の感じたこと、思ったことを言葉にしてどこかに残したいと思い、ブログを始めてみました。なかなか人に読ませる文章を書いたことがないので、読みずらいかと思いますが、もしよろしければ読んでいただけると嬉しいです自己紹介名前:さくら年齢:㊙️性別:女性好きなもの:サンリオ好きな色:ピンク🩷病歴2024年6月メンタルクリニック初受診不安障害、広場恐怖症と診断される服薬開始2025年2月メンタルクリニックの
医療保護入院当時中学生だったのですが、だんだんと拒食の症状がひどくなっていきました。体重は落ち、見た目にも普通じゃないことが伝わるようになっていましたが自分では病識が全くなく、むしろ元気で何でもできる!という「飢餓による過活動モード」全開になっていました食事なんて何も摂れていないし、動けるはずもないのに…ただその過活動モードも永遠には続きませんでした。ある日の体育の授業で、短距離走をすることになったのですが、筋力が無さ過ぎて第一歩の踏み込みでよろめき、走ることができなくなっていること
廊下一番奥の静かな個室に移動して出てきた問題とは。精神科急性期閉鎖病棟に入院している患者さんのイメージって失礼ながら、もうとんでもない状態の人たちだったんですが、わりと普通です。わりと普通に見えます、かな。車椅子の方が1人2人いるくらいでほぼ全員歩いているし点滴しているひとは見たこともないです。(車椅子の方も自分で漕ぐか電動)身体は元気な人がほとんどです。閉鎖病棟ですが外出許可が出ている人は散歩に行ったり喫煙所に行ったりしています。許可がでない人は廊下を歩いています。
子育てって難しいよね日々悩む正解なんてないけど思いはあるそんな日々闘う母です末っ子僕は常に癒しスマイル☺︎(低緊張だからか基本的に肩甲骨が開きすぎちゃうけどこれが彼のスタイル)さて。一つ前の記事でも書いたけど『「もう、私は奴隷じゃない。」〜要求型ASDの18年〜』プチお久しぶりやっほ〜我が家の日常回をあげたかったんだけどちょっと長男の初外泊があったり長女と孫もきて花火大会みたりとちょっとバタバタとしてしまい記事書く時間…ameblo.jp要求型ASDの子が大人になってからの
この日から監視なし1人で入浴が許可されました。これで毎日入浴できます「気分どう?」夫「あ〜うん。ずっとすることなくて考えてたら職場のこと美化してきた気がする。でもこれ、間違いなんよな〜。」職場はものすごくストレスだとか嫌だとかはないけどまあ普通にストレスはあったし思い出補正でよく思えているとの自己分析です「たぶん復帰したらまた病むと思う。復職したくない、仕事できん気がする…でも働かないと…。退院後が怖い」また堂々巡りしています。チャッピー直伝の「まあ今決めんでも
だんなのこと、ざっくり説明◆◆◆◆◆◆◆◆◆2020年夏に、うつ病で仕事を辞めただんなが障害年金をもらうことに↓朝から酒浸り、アルコール依存症になり、暴言暴力、家族は疲弊した(アルコール依存症は振り返れば10年以上前から予兆はあったかも。)警察の保護では意味がないので(警察を訴えたり、保護から帰ってそのまま飲んでひどくなるばかり)最終的には被害届をだして捕まえてもらいました。↓アルコール依存症専門病院につながり、断酒したものの、2年の間に無気力で寝たきりになってしまうお風呂も
・東京武蔵野病院の闇(1)・東京武蔵野病院の闇(2)・東京武蔵野病院の闇(3)・東京武蔵野病院の闇(4)私は、統合失調症をでっちあげられ、月に一度通院を強要され、週3回の訪問看護も強要されている。なぜこのような理不尽な強要に従っているかといえば、集団ストーカーと主に警察行政そして精神医療によって、恐怖心を植え付けられているからである。念のため、言っておくが、私は看護師たちからずっと「統合失調症の症状なし」といわれているし、最近確認したが主治医の林直樹もそう認識している。この
皆様ご無沙汰しております。約2週間ぶりの更新となります。==以下近況報告となります==最近、更に寒くなって参りました。ストーブ(ヒーター・暖房)と厚着した格好が、デフォルトになりました。さて私事ですが、今月8日、私の誕生日でした。半世紀あまりを生きてきた事になり、その半分の人生を、この犯罪に奪われてきました。これからもこの犯罪と共に私の人生を捧げ続ける事となりますが、ライフワークとして、この犯罪で苦しんでいる方達のお役に立てる情報を、これからも提供してゆきたいと思い、引き続き共闘の