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正式謝罪直後の面談の続きです。正式謝罪の少し前のことですが、〇〇医師(上級医)より「〇〇さん(母)のお身体を元の状態に戻す事は、本当に残念ですが出来ないと思います。でも、病院全体で出来る限り〇〇さん(母)と娘様が少しでも得心出来るように、全力で取り組み続けることは間違いありません。」と力強いお言葉をいただきました。そして、2020年6月2日には前院長からも「誠意をもって対応していく」とお聞きし、これでやっと前に進めると、家族として大きな期待を抱きました。しかし、それ以降病院側
41週と2日2017年7月4日0時49分ひなた誕生。妊娠中は何の異常もなく、7月3日朝方、おしるしがありましたが、予定日より8日遅れた事により、誘発剤を予定通り1時間に一錠ずつ服薬しますとの事で、10時から一錠ずつ開始。4錠目からありえんくらいの陣痛と七回の嘔吐。で、私の雄叫びがあまりにもすごい為、陣痛室に移り子宮口が開くのを待っていました。間隔もないくらいに陣痛が激しい上に赤ちゃんの心音が下がりよるからって酸素マスク装着。でも子宮こうが開いてないからって放置されて、、、←この時点で異
※乳がん終末期のため、急ぎ、医療過誤の記録をします。読みづらい、理解しにくいところがあったらすみません。不明点については質問をくだされば体調が許す限り回答します。※私の医療過誤経験はよくある思い込みなどではなく、あってはならない悪質な医療過誤だと、多くの乳腺科医をはじめとした医療職たちや東京都福祉保健局からお墨付きを頂いている内容なので、どうか参考にして、ご自身や大切な人の身を守ってください今回は最初の投稿なので、プロフィールとして私の現在の状況を書きます■今の私の状況(202
退院や在宅介護を考え始めた頃、母が医療過誤で負った後遺障害は介護サービス内で受けられる訪問看護だけでは対応できない可能性があることを知りました。そのため、事故を発生させた責任のある市民病院に訪問看護をお願いをしましたが、「入院中の処置をそのまま在宅介護に引き継ぐものではない」「要望の内容を書面で確約することは致しかねます」という回答で、その他の提案等もありませんでした。この冷たい対応には元市民病院の医師も大変残念に思うと仰っていました。『残念な回答』弁護士経由で市民病院からの回
初めてのカルテ開示の続きです。2020年6月2日の正式謝罪から2ヶ月弱が経過した7月21日、当時の医療課長より示談までの流れについてのご説明がありました。《場所》市民病院4階応接室《時間》午後16時~《出席者》〇〇医療課長(当時)他1名、医療課の男性職員の方〇〇さん/医療安全推進室責任者(当時)《内容》症状固定→後遺障害等級認定→損害保険会社による積算→病院から具体的な和解案の提示という流れになるとのことでした。最初の段階では最低限の金額提示になるこ
医療用麻薬について家族としての意向の続きです。令和3年(2021年)8月26日付けで訴訟提起(訴状郵送)しました。訴状審査を経て第1回期日調整の打診があり、その後送達となるため、実際に送達されるまでには10日~2週間程度はかかるとのことでした。市民病院と過失医の代理人弁護士には訴訟提起の当日に原告側代理人弁護士よりお電話にてご連絡させていただきました。同日、医療用麻薬フェンタニルの投与が開始されました。幻覚などの強い精神症状が出ることが何よりも心配でしたが、いつもより穏やかな母の表
訴訟については一読いただけると幸いです。『民事裁判を起こしました』これまで話せなかったこと維持透析目的で転院したのに、透析を受けられなかった父父は介護施設入所していました。入所するまでは夫婦ふたりで生活(娘…ameblo.jp言い得て妙関西でおなじみの朝の情報番組「おはよう朝日です」月曜レギュラー山岸弁護士が、本日のトピック「500円玉貯金を娘と娘の友だちに無断で使用された裁判判決」について、「この裁判は勝っても訴訟費用に見合う額の賠償金が戻らな
訴訟については一読いただけると幸いです『民事裁判を起こしました』これまで話せなかったこと維持透析目的で転院したのに、透析を受けられなかった父父は介護施設入所していました。入所するまでは夫婦ふたりで生活(娘…ameblo.jp医学的根拠に基づかない病院側の答弁訴訟提起し、blogを始めたことで医療訴訟の現実を知りました。今回、遺族の方の許可を得て、医療事故、ミスの訴訟の現実を知って欲しくて記事にしました。訴訟内容は以下がすべてではありませんが、
こんばんは通っていた産婦人科が報道されましたが、私はセントマザー産婦人科医院には感謝しています。セントマザーで治療して授かった方は大勢いると思います。新規患者さんはこれから減るかもしれませんが、これを機に転院なんて方も中にはいらっしゃいますよね時間外料金も4月から4倍アップなのでもしかしたらこの件が関係しているのかな??辞めた医師は前から通っていた方ならわかるかとおもいますが、指名されていた方もたくさんいました。別の男性医師はもうお分かりな方もいらっしゃるかとおもいますが、これを機に
夕方、母の面会に行ってきました。ちょうどリハビリ中だったようで暫く病室で待っていると、理学療法士さんと一緒に戻ってきました。今日も凄くご機嫌さんで安心しました体幹が強くなったように感じます(2023年5月19日16時08分撮影)不定期に「過去の今日」を振り返ります。市民病院入院中、昨年半年間に3回尿路感染症に罹りました。ちょうど1年前に最初の尿路感染症に罹り、疼痛も強く、毎日不安しかありませんでした。以下は1年前の日記です。(2022年5月19日の日記より)
問題の多い医師の続きです。2020年4月下旬、医療過誤による後遺障害を一生背負って生きなければならない母にとって一体何が最善なのか考えれば考えるほど混乱しました。病院と介護施設を経営する友人にも相談しました。まず初めに病院が医療過誤を認めているにもかかわらず、病院側から今後の補償についての説明がないまま3ヶ月も経っていることに驚かれました。医療過誤だと認めている場合、9割以上は示談、後の1割弱は訴訟になってしまうケースも実際にあるとのことでした。他にも病院を経営している立場からの意
お寺の住職から病院を訴えないのか?といったニュアンスの事を聞かれました。その一言を聞いてから心がざわつきます。何が正解なのかわかりません。母は少し前に自ら保護室へ戻りたいと主治医に訴えていました。そこなら身の安全は確保されていたでしょう。主治医は1週間前の電話で、「自室は狙われているからあまりそこに居たくないと言って、テレビがあるリビングのような部屋で過ごしておられます」と言っていた。母は4人部屋であろうとも、常に監視されていると感じていた自室で過ごすことが恐怖でしかなかったのではな
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令和1年11月27日夜中、嫁さんに少量の破水があり病院に連絡し産科に直行した看護師さんからは早目に破水に気付き、すぐ来てくれはって良かったですと言われ少し一安心。陣痛はまだ全くきておらず、出産までまだ時間がかかりそうとのことだった。以前から立ち合い出産を希望していて家から病院が近かったこともあり陣痛が本格的に始まった頃に病院から連絡をしてもらえるとのことだったので一旦僕だけ帰宅。朝の家業の仕事を済ませた頃、嫁さんに僕の代わりに付き添ってくれていた義母から連絡があり、そろそろ陣痛が本格的
皆様、こんにちは。今日は快晴ではありますが、気温は高くなく、日陰や室内にいると肌寒ささえ感じます。さてさて、私のブログも、無痛分娩に関することを書くと閲覧数がぐっと上がるのですが、フォローさせて頂いている美容外科医さんは硬膜外麻酔そのものに対しての視野で発言をされているので少し補足しましょうか。硬膜外麻酔によるリスクがありますね。脊髄液内に麻酔が入った場合、呼吸が止まったり、髄液が漏れると酷い頭痛が起き
ある日を境に娘は胃からお乳を消化できなくなった。原因は幽門狭窄症という胃から腸へ繋がる出口が塞がる胃の病気である。しかも先天性の病気らしく、おそらく重症仮死に関係なく100人に1人の割合で発症し、男の子に多い病気とのこと。。娘は女の子。。。娘のような重症新生児仮死は2000人に1人の割合ということは娘の病状は200000人に1人??ちょっと算数が弱い僕ですが、娘が引きあてた確率がどれほどのものかわかります。確率の話をしだすと暗くなるのでやめます。とりあえず胃から腸までミルクが通ら
過失医との最後の面談(給料泥棒)の続きです。当時の主治医〇〇医師(上級医)が面談に参加された後も疼痛管理の会話が続きました。医療事故から3ヶ月ほどで〇〇医師(過失医)には主治医から外れていただきましたが、事故を起こした当事者として当然その後の母の症状や治療法についても把握していただいているものと思い込んでいました。しかし、〇〇医師(上級医)よりお聞きしていた通り、もう殆ど関心すらないように感じました。『【33】主治医交代』あり得ない発言の続きです。2020年5月1日、多職種カン
短下肢装具の指示ミスの続きです。2020年4月8日、初めての多職種カンファレンスがありました。出席者:〇〇医師(過失医)・〇〇医師(上級医・現在の主治医)・理学療法士の先生・看護師長・看護主任・医療安全推進室2名(責任者〇〇氏・〇〇師長)(当初、3月中旬に予定されていましたが、〇〇医師(過失医)が新型コロナウイルスに感染した可能性があったため自宅待機となったため延期されました。)医療事故を発生させた〇〇医師(過失医)ご本人が進行役で、不機嫌そうにキーボードを叩きながら上級医
ステロイドと神経障害性疼痛の続きです。医療事故から約3ヶ月、母の後遺障害は快方に向かうどころか日に日に悪化しているように感じました。特に下肢の痛みは酷くなる一方で、2020年4月下旬の夕方、痛みに耐えかねた母が初めて「もう耐えられへん。〇〇先生(上級医)を呼んで!」と叫ぶので、母の様子を説明した上で看護師さんに医師と連絡を取ってほしいとお願いしました。しかし、「時間外です。〇〇先生(上級医)は不在です」と言われ、「それなら、〇〇先生(過失医)をお願いします」と申し上げたところ、確認するこ
赤穂民報2023年11月25日付記事赤穂民報|元市民病院脳外科医が科長と前院長、赤穂市を相手取り提訴赤穂民報|赤穂市民病院に在任中、複数の医療事故に関わったとされる脳神経外科の40代医師が、専門医試験の受験を妨害されたなどとして、上司だった科長と前院長、赤穂市を相手取り、損害賠償を求める民事訴訟を神戸地裁姫路支部に提起したことがわかった。www.ako-minpo.jp〇〇医師(過失医)が赤穂市と〇〇医師(上級医)と〇〇前院長を相手取り、損害賠償を求める民事訴訟を提起したとのことで、
医療安全推進室と主治医との面談③の続きです。2020年1月22日の医療事故後、母は後遺障害の増悪等によってなかなか退院の目処が立ちませんでした。その間、複数の病院職員より〇〇医師(過失医)が他の患者ご家族様とトラブルになっていることや、異常な勤怠状況等、普通ではあり得ないことを多く耳にしました。また、〇〇医師(過失医)が私のことを「モンスター」と呼んでいることもお聞きして強い憤りを覚えましたが、退院の目処が立っていない母への対応を心配して感情を露わにすることは控え、何をお聞きしても、何を
膀胱直腸障害母への説明の続きです。2020年1月22日の医療事故以降、手術前よりも不自由になった自身の身体に苛々して不機嫌な日が多くなりました。しかし、不機嫌の理由は身体が不自由になったことだけではなかったようです。母が言うには「〇〇先生(過失医)から娘さんが退院を拒否しているから退院させられないんですって言われた」とのことでしたので、後に〇〇医師(過失医)に確かめたところ「そんなダイレクトな言い方はしていない」とのことで、否定はされませんでした。入院予定は1週間でしたし、
NHK2024年04月05日付記事京都第一赤十字病院学会が研修施設認定を停止|NHK【NHK】京都第一赤十字病院の脳神経外科で手術の記録や安全管理についての検証などが不十分なケースがあったとして、京都市から行政指導…www3.nhk.or.jp《一部引用》京都市にある京都第一赤十字病院の脳神経外科では、4年前、脳腫瘍の手術を受けた70代の女性が腫瘍ではない脳の組織を誤って摘出されるミスがあったほか、京都市が手術の記録や安全管理についての検証などが不十分なケースがこの女性を含め3
2020年1月22日、母は手術中に腰椎馬尾神経切断損傷という医療過誤に遭い、その結果、両下肢麻痺や膀胱直腸障害、神経障害性疼痛など複数の後遺障害を負いました。中でも神経障害性疼痛による強い痛みは深刻で、自宅での疼痛管理が非常に難しく、事故から2年9ヶ月が経過した現在も退院させてあげられないでいる最も大きな原因です。突然起こる自制不可レベルの強い痛みに襲われた際には点滴による鎮痛剤投与が必要で、平均して日に2~3回は点滴をしているというのが現状で、まるで生き地獄です。そんな中、先日(10月2
答弁書と疼痛の続きです。2021年10月上旬、市民病院に取材を行った記者さんから「医療過誤を公表しなかったのは、患者側が公表を望まなかったためとの回答がありました」と教えていただきました。その上で、2つのご質問に回答いたしました。病院側から、医療過誤をマスコミ公表することについての十分な話し合いはありましたか?⇒病院側から、母の医療過誤の公表について質問されたことは一度もなく、話し合いはありませんでした。十分な話し合いがあったとして、「公表しないでほしい」と病
初めての医療安全推進室の続きです。2020年4月13日より主治医2名体制となり、4月16日に〇〇医師(上級医)による病状説明がありました。その際、以下のような会話がありました。(私)あんなに手術を急がないと駄目だったんですか?※1月17日(金)の外来診察時、『早くしないと人工透析になる可能性がある』とのことで、3日後の1月20日(月)に入院、22日(水)の手術を勧められ、手術中に事故が発生しました。(〇〇医師/上級医)それは患者さんの強い希望だったって聞きました。家族さ
2020年1月22日、母が医療事故に遭い、今日で3年が経過しました。腰部脊椎管狭窄症治療のための腰椎後方除圧術(椎弓切除術)という手術中に発生した医療過誤でした。市民病院も100%医療過誤(医療ミス)と認めています。後に、病院関係者より〇〇医師(過失医)による医療事故が約半年という短期間に8件(母の事故含む)も発生していたこと、母の事故は6件目だったこと、8件目の事故直後に手術禁止命令が発令されたこと等をお聞きしました。もっと早くに手術禁止にしてくださっていたら母は重度の後遺障害を負うような
正式謝罪の前日の続きです。2020年(令和2年)6月2日、〇〇院長(当時)より正式に謝罪がありました。《場所》市民病院4階応接室《時間》午後16時~17時頃《出席者》〇〇院長(当時)〇〇副院長兼医療安全推進室室長(当時)〇〇事務局長(当時)〇〇さん/医療安全推進室責任者(当時)〇〇師長/医療安全推進室看護師長初めに、〇〇院長(当時)が丁寧な口調で以下のように仰いました。「自己紹介させていただきます。私、院長の〇〇です。医療安全の・・顔
久しぶりに天使ママあるあるかなと思われることが脳裏に浮かんだので書き留めようと思います。こどもを亡くして6年も経つと、どこか冷静な自分も出てくるもので、以前よりはマシな感覚になっているのですが、こどもを亡くした直後、しばらく自分を苦しめていた思考。『(私が過去してきた行いに結びつけて)◯◯したから、私はこどもをとられたんや』『◯◯したから、私はこどもを奪われたんや』という考え方でした。仕事柄、色々な事情で、こどもと一緒にいられない人たちと関わることもあって、そんな仕
医療事故後の2週間の続きです。医療事故発生から1週間後の1月29日、〇〇医師(過失医)との面談で「後遺障害のひとつとして、膀胱直腸障害が残るのはほぼ確実だと思います。おむつや導尿が必要になる可能性もあります」と告げられました。恥ずかしながら私には母が医療事故に遭うまで「膀胱直腸障害」や「導尿」についての知識が全くありませんでした。いくつか質問させていただき、聞けば聞くほど頭が真っ白になりました。以下、その日(1/29)の日記より。右足の感覚が戻らないことに苛々している様子