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-序章から-厩橋城の築城を扱う。厩橋城は謙信がいち早く使用したことで知られるし織田政権下の滝川一益が上野国の拠点としたこと北条氏も直轄化したことで知られる。その重要性は誰もが認識していよう。しかし、その築城が利根川の変流に関わっている重要度は案外看過されてきた。それは偶然の産物かもしれないが、決して従来の既存勢力が運良く手に入れたものではないだろう。本書では従来説が元総社から難なく手を伸ばしたとしてきた説を覆し、長野氏が上流側から対岸を南下してきた可能性を示してい
【問題】北条・里見両氏が争奪戦を繰り広げ、里見義弘が本拠としたこともある佐貫城とは、次のうち現在のどこにあった城か?【選択肢】茨城県取手市東京都江戸川区神奈川県三浦市千葉県富津市【正解】千葉県富津市【解説】佐貫城は千葉県富津市にあった城である。真里谷武田氏により築かれ、その後北条氏と里見氏の争奪戦の舞台となった。里見義弘の頃にはその本拠としても使われた。
「開運!なんでも鑑定団」を見ていたら、秀吉にまつわる書状が出てきました。番組は秀吉の後半生を解説していました。(続きです。北条討伐から)1589年、秀吉は北条討伐を決意。総勢20万人を超える大軍が小田原に向けて出発。これに対し、北条軍は徹底した籠城策をとった。というのも、小田原城は要害堅固な城で、長期戦に持ち込めば敵も疲弊し、撤退するに違いないと考えたの