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中国の古装ドラマをみているとよく、兵符なるものや、佩玉と呼ばれるものが出てきます。◆兵符(へいふ)とは古代中国で軍隊を動かすための証明書のようなもので、通常2つ一組で、合わせると一つの形となる。形は様々で虎、龍などの様々な形があり、それらは虎符・龍符と呼ばれます。日本史にも出てくる朱印船という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、こちらの船には朱印という証明書があり、あらかじめ二つに分けておき、各々二枚をつなげて一つの文字となればOKという形をとっていました。これと同じようなものと
13-1武士団の形成社会全体が無秩序(むちつじょ)になっていけば、大切なものを守るために直接的な力(→武力(ぶりょく))がものをいう時代がやってくる、というのは、それほどむずかしい話ではない。武装化した人々(武士(ぶし)・兵(つわもの))が集団化し、戦闘行為が日常化するのに、それほど時間はかからなかった(武士団(ぶしだん)の形成)。地方や中央で成長した中小の武士団は、貴族の血筋(ちすじ)をひく者を自分たちの棟梁(とうりょう)(集団の統率者)として、より大きな集団(武家)に成長して
先日ペルーでランチする前にふらっと立ち寄ったのが三増合戦場跡戦国期最大の合戦と言えば関ヶ原って言うのも、もはや忘れ去られようとしているけど三増の戦いは忘れる以前に初耳の人もいると思うんだ。もちろん俺も初耳だったんだまあ、あまり知られていないのは歴史的に重要でもない点かな、戦いは簡単に言えば、小田原の北条を攻めに行った武田信玄が城を攻め切れず甲斐に戻ろうとしているところを北条が追い討ちに行って返り討ちにあったってことらしい。これではちょっと記憶に残り難いし教科書にも載せ難いだろうなって思