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暑さの峠はとっくに通り越し、気が付けばカレンダーはもう9月。マンハッタンの街にも秋風が吹き出していて、今年も残り4ヶ月になってしまった。夏休みは子どもたちが入れ替わり帰省していたものの、皆忙しくてすれ違いばかり。いざという時だけ呼び出されるのも、親の役目だろう。ある平日、デイキャンプのカウンセラーのバイトをしていた次男から連絡が入った。「勤務中に怪我をした。骨が折れているのか、ブラブラになっている」状況が分からないまま、心配で不安が募っているのに、その後は連絡がない。や
「いつかは手離そう」と思うものがある。身の回りの洋服や雑貨、カラダについた脂肪、そして疎遠になってしまった人間関係。私が今年最初に断捨離(敢えて「卒業」と言おう)したのは「Duolingo」。日本の子どもたちに英語を教える仕事に携わり、語学アプリのリサーチをしているなかで、「Duolingo」に出会い、軽い気持ちで携帯にインストールした。決めたルールは1つだけ。絶対に「課金」しない。無料アプリでどこまで実力がつくかの実験だった。そして、見事にその「ゲーム性」にはめられた。
©︎MITANINewYork寿司シェフ・三谷康彦氏が自身のお店を開業したのは、彼が37歳の時だった。48歳の時に病で倒れた後、麻酔から目覚めた彼に湧き上がったのはあるひとつの想い。生かされている命、自らの境遇、出会った人々、ただただ「感謝」の気持ちを噛み締める。東京・四谷にある「鮨・三谷」は、日本一予約の取れない名店として名高い。「三谷マリアージュ」といわれる究極体験のために、数年先まで予約待ちリストが続く。2023年の春、三谷氏がニューヨークを訪問された時から、新しい
「ランデフコーヒー」は、就労継続支援B型の事業所「ランデフワークス」が経営するカフェ。美味しいコーヒーを提供し、多種多様な人たちの交流の場にもなるよう運営されている。2022年の開業は、西日暮里にあるバーを間借りした、いわば仮住まいでのスタートだった。事業主の浜田直紀氏はじめ利用者さん達の素晴らしい働きぶりで、確実に成果を上げ、「いつか自分たちの店舗を持ちたい」という願いが、想像以上に早く実現することになった。昨年、浜田氏から報告をいただき、その実行力に圧倒され、そしてまた
久しぶりに毎日現場に通う日々が続いて、ゆっくり空を見る機会もなかった。朝起きてすぐ日本とのズーム、慌ただしく準備を整え、現場に向かう。会計のクローズを見届け帰宅途中に目に入るのは、夜道を歩く人と都会の街明かりだけ。この日は珍しく、少し早めに帰路についたら、街中が異様なほどに人で溢れている。そうか、またこの季節がやってきたのかと、少しだけ歩みを止める。太陽の動きがマンハッタンの東西方向の通りと完全に一致する日が年に2回。毎年5月末と7月上旬、夏至の前後21日に「マンハッ
この数年で、老眼がどんどん酷くなったように感じていた。ずっと視力が良かったから、初めて目が悪い人の気持ちを理解した気がした。朝起きてから夜寝るまで、いつもいつも、目が疲れている。6年前に緑内障の手術をして、経過観察中とはいえ、視界が霞んでぼやけるので、何をするにも恐怖が伴い、車の運転からもすっかり遠ざかってしまった。老眼鏡を買おうと店舗に立ち寄った時、スタッフに検眼を勧められた。改めて測ってもらうと、老眼ではなく、遠視がひどく進んでいることが発覚した。老眼は、加齢により
シューズデザイナーのピロ貴子さんとの出会いは、衝撃的だった。ママチャリの前後に娘と息子と犬を乗せて、颯爽と街を横切る逞しい女性。その行動力とは裏腹に、見た目はものすごい美人で洋服のセンスも抜群だった。彼女の実家が東京銀座の老舗靴店だと聞いて、ますます驚いた。誰もが知っている老舗の3代目という立ち位置にとどまらず、美大卒業後イタリアで学び、まずは仲間とスペインでシューズデザイン会社を設立。一旦帰国した後に渡米、自らのブランドを立ち上げた。「サークルスリー・ドットニューヨーク」