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暑さの峠はとっくに通り越し、気が付けばカレンダーはもう9月。マンハッタンの街にも秋風が吹き出していて、今年も残り4ヶ月になってしまった。夏休みは子どもたちが入れ替わり帰省していたものの、皆忙しくてすれ違いばかり。いざという時だけ呼び出されるのも、親の役目だろう。ある平日、デイキャンプのカウンセラーのバイトをしていた次男から連絡が入った。「勤務中に怪我をした。骨が折れているのか、ブラブラになっている」状況が分からないまま、心配で不安が募っているのに、その後は連絡がない。や
ニューヨークで「背中を追いかけたい女性」といえば、光琳の社長・川野作織さん。40年前、スーツケースに詰めた商品を売って歩いた彼女の武勇伝を知らない人はいない。私は何かにつまずくと、作織さんにお話しして、背中を押していただきたくなる。「美味しいもの食べて、明日からまた頑張りましょうよ」と、同じ目線に立って、一緒に考えてくださる時に垣間見る、作織さんのチャーミーな姿に惚れ惚れしてしまう。AMEXが経営している「CenturionClub」は、世界各地の空港にもラウンジがあるけれど
大切な友人の一人、堤沙羅さんにランチにお誘いいただいた。8歳の時に光を失い、全盲になってから渡米し、夢を叶えた素敵な女性。いつもカラフルでお洒落な着こなしをしていることに感銘しているけれど、彼女の感性はすべて、幼少の頃に覚えた色の記憶と、お母様の教育の賜物。我が家の千璃は、言葉を話さず、意思の疎通もままならないけれど、沙羅さんが日々どのように感じ、どのように暮らしているかは、いつもとても勉強になる。とある日の昼前、沙羅さんの住むアパートまでお迎えに行くと、ドアマンやご近
料理の写真しかないけれど、とても印象深いお店だったので、備忘録として。東京の西の果てで暮らしていた私は、「乃木坂」という場所にまるで馴染みがない。音の響きだけ知っていても、飲屋街なのか、オフィス街なのかも、よく分からない。友人が連れて行ってくれたこの店は、ミシュラン星を獲得経験のあるオーナーシェフ、増山剛氏が2021年に開店した四川料理がベースのお店。契約農家から直送される旬の国産野菜や日本の四季の素材を取り入れて、繊細な料理をたっぷり堪能させていただいた。ニューヨ
「ランデフコーヒー」は、就労継続支援B型の事業所「ランデフワークス」が経営するカフェ。美味しいコーヒーを提供し、多種多様な人たちの交流の場にもなるよう運営されている。2022年の開業は、西日暮里にあるバーを間借りした、いわば仮住まいでのスタートだった。事業主の浜田直紀氏はじめ利用者さん達の素晴らしい働きぶりで、確実に成果を上げ、「いつか自分たちの店舗を持ちたい」という願いが、想像以上に早く実現することになった。昨年、浜田氏から報告をいただき、その実行力に圧倒され、そしてまた
春先に帰国して以来、なかなか日本へ行く時間が取れなかった。ニューヨークで開業するプロジェクトが佳境に入り、文字通り朝から晩までかかりきり。5月にようやくオープンの日を迎えてからも、外からは見えない様々な問題を解決するべく、久しぶりに、文字通り朝から晩まで、心も身体も一杯一杯になってしまっていた。それで7月に少し時間ができた時に、さっと行って、さっと帰ってきた。家族と過ごして、小さな仕事を片付けて、隙間時間に友人に会ってきた。あっという間だからこそ、すべてがプレシャスな時間
私が幼少期を過ごした「武蔵野東学園」のことは、これまで何度も言及してきた。自閉症スペクトラムを含めた発達障害が、医学的に解明されていなかった時代から、日本でいち早く「生活療法」という教育を取り入れて、特殊教育に人生を注いできた創始者。北原キヨ先生の功績は、日本国内のみならず、世界的にも注目されてきた教育法だった。自閉症児が共にいる生活環境で育ってきたのに、自分が障がい児の親になった時に戸惑った。「当たり前でない」我が子たちを受け入れてきた保護者たちの声を改めて知ることで、私がどれ
ニューヨーク、マンハッタンのビルが倒壊しそうだというニュースが舞い込んできた。ミッドタウンにある改装工事中の37階建ての高層ビルの支柱が折れ曲がっているのだと。我が家から徒歩圏内の場所、避難勧告を受けた住民は恐怖でいっぱいだっただろう。元ファイザーの本社があったオフィスビルを、居住用に仕様変更するための工事中。全倒壊には至らないだろうという調査結果を受けて、部分的な補強で工事を継続するという。「本当に大丈夫だろうか?」と思うことを、そのまま貫いてしまうのがアメリカらしいと思
両親が東京の実家を離れて、高齢者施設に移ったのは、2020年8月11日。母の80歳の誕生日だった。糖尿病が悪化して右足を切断した母と、水頭症の術後が悪く足が不自由な父。築40年の木造住宅の実家では、老老介護の限界で、二人が少しでも一緒に過ごせるようにと、敢えて東京を離れて、茨城県土浦の景観のよい施設に移る決意をした。コロナ禍の影響で、面会はガラス越しで10数分のみ。少しずつ認知が進んでいた母は、アメリカに住む孫のことは、もうほとんど覚えていなかった。2022年11月28
「三谷の世界」を体感するには、「三谷マリアージュ」という一択しかない。ワインと鮨のマリアージュの可能性を広げた第一人者、三谷康彦氏の最高傑作。ニューヨークのミッドタウン、マンハッタンのど真ん中で、日本を味わう。いわゆる利酒ティスティングとは違う。フランス料理のマリアージュとも違う。その一品のために、完璧にマリアージュされた一杯(一口)が提供されるのが三谷式。その日に仕入れた最高の食材と、それにマッチする最高の銘酒の組み合わせは、サービスされるその日のみ限定、モデルケースのない
業務が立て込んで、プライベートで出かける機会が激減している昨今だけれど、この企画には、万難を排して、是が非でも参加したいと思う。水キムチの会。仲間の一人が、ニューヨークからミシガンに引っ越すことが決まった。ご主人がスタートアップ企業に転職されたことと、子育て環境を考えての決断だという。彼女自身は週に2日ほどニューヨークに通い、現在の職場での勤務を続ける。飛行機での遠距離通勤を覚悟し、家族としてのあり方を選んだ彼女を心底尊敬してしまう。久しぶりの会合は、お気に入りのカンボジ
毎年7月4日が近くなると、「今年はどこで花火を見る?」というのが話題に出るけれど、今年はバッテリパークに住む友人からお誘いいただき、ハドソンリバー側のショーを堪能した。今年2026年は、1876年に米国がイギリスからの独立宣言をして250年という大きな節目の年。当日を迎える前から、メディアは大騒ぎ。特にニューヨークでは、朝からの航空ショー、夜は恒例のMacy’s主催の8万発の花火。一方で、連日40度近い熱波の影響で、全米各地でパレード中止のニュースが相次いだ。ミレニアム
©︎MITANINewYork寿司シェフ・三谷康彦氏が自身のお店を開業したのは、彼が37歳の時だった。48歳の時に病で倒れた後、麻酔から目覚めた彼に湧き上がったのはあるひとつの想い。生かされている命、自らの境遇、出会った人々、ただただ「感謝」の気持ちを噛み締める。東京・四谷にある「鮨・三谷」は、日本一予約の取れない名店として名高い。「三谷マリアージュ」といわれる究極体験のために、数年先まで予約待ちリストが続く。2023年の春、三谷氏がニューヨークを訪問された時から、新しい
これまで何度も彼の寿司について言及してきた。その度に「胃袋を釣られる」という言葉を使ってきた。ニューヨークに移り住んできた当初、何度もホームシックになった。アメリカ人の感性のなさ、日常的に起こる理不尽な事件、そんなことに出会う度に、理路整然とした日本社会に帰りたくて、たくさん泣いた。それでも、もう少し踏ん張ろうと思えたのは、一緒に泣いてくれる友人がいたから。障がいを持った長女が生まれた時も、「美香と私の関係は、ずっと変わらない」と。「美味しいものを食べて、元気になろう」
子供たちに「勉強しろ」と強要したことはない。アメリカで義務教育を受けたことがない私は、勉強の方法すら分からない。彼ら自身が、ある時にふと「勉強しなくては」もしくは「勉強が面白い」と感じた時に、親として手を差し伸べてあげられることがあれば、それをやるのみだ。ニューヨークでは、公立の中高校でも「受験」のようなものがある。いわゆる内申点と一斉テストの結果で、ニューヨーク市内の公立校に振り分けられる。希望していた学校に行けなかった次女の高校生活は、暗い気持ちからのスタートだった。
日本では考えられないようなことが、日常茶飯事で起こるニューヨーク。先日閉じめられて以来、アパートのエレベーターに乗ると心臓がギュッと苦しくなる。PTSD症状のように、寝ている時にもストレスがかかって、悪夢と寝汗がひどい。そして最近、続けてFedExで荷物がなくなるという不運が続いて、気落ちが滅入るばかり。オンラインで購入した品物が届くはずのパッケージ、引き裂かれて空の袋がペラリと一枚。空袋の写真を撮影して「配達済み」と記録する配達員のクオリティの低さに愕然とする。さら
コロナ禍前のこと。彼女が本格的に渡米する前、友人が経営しているヘアーサロンで遭遇したことがあった。友人が丁寧にヘアーセットを施している間、直美さんは我が子たち相手に談話してくれて、気軽に写真を撮ったり、とても感じの良い女性だなという印象。「いつかニューヨークに住みたい」と話されていたことを思い出す。時が経ち。彼女が全米ツアーをやるという情報を聞いたのが、この春先の頃だったか。ずいぶん前からメモしていたのに、すっかり忘れてしまっていて、慌ててお連れを探した。いつもミュー
過去にも未来にもたった一つしかない、この尊い命をどう生きるか。創刊以来48年間、日本国内で唯一「人間学」を追求し続ける「致知」という雑誌がある。2020年秋に、「幸せは当たり前の中にある」というテーマでの取材記事を掲載していただいた。重複障がいを持って生まれた娘と歩いてきた日々のなかで感じたあれこれであった。時が経ち、別冊「母」の記者からご依頼いただき、私と叔母との対談が実現した。戦争未亡人の祖母から始まり、我が家は代々「女性が働くのが当たり前」という環境で、「日本一元気
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とは言うものの、終わってからも記憶に残る大惨事。昨夕、自宅アパートのエレベーターに閉じ込められた。オフ日ではあったものの、現場に荷物を取りに行こうと、ごく軽装で家を出た直後。16階から乗ったエレベーターが、急降下してガタンと止まった。停止階を示す表示は3と出ていたから、おそらく3階付近なのだろうけれど、ドアが開くわけでもなく、そのままモーター音が止まった。エレベーターの中には私ひとり。緊急コールボタンを押しても返答はなし。数分してから、ようや
国道87号線から見上げたヒルバーンの丘の上に立つ、日本家屋のような建物。「Mt.Fuji」は、創業55年を迎えた地元で人気の火鉢レストラン。長女がスペシャルスクールにいた頃は、高速道路の帰り道に立ち寄って、家族で食事をすることもあったけれど、彼女の引っ越し後は機会が減ってしまった。長男の誕生日、彼が「ヨシさんのところに行きたい」というので、早速予約。1969年創業、今年57年目を迎えた「Mt.Fuji」は、常に地元客で予約が溢れている。その日は、アメリカ陸軍士官学
久しぶりに毎日現場に通う日々が続いて、ゆっくり空を見る機会もなかった。朝起きてすぐ日本とのズーム、慌ただしく準備を整え、現場に向かう。会計のクローズを見届け帰宅途中に目に入るのは、夜道を歩く人と都会の街明かりだけ。この日は珍しく、少し早めに帰路についたら、街中が異様なほどに人で溢れている。そうか、またこの季節がやってきたのかと、少しだけ歩みを止める。太陽の動きがマンハッタンの東西方向の通りと完全に一致する日が年に2回。毎年5月末と7月上旬、夏至の前後21日に「マンハッ
ニューヨークに拠点を置き、アートで世界を繋ぐアーティストチーム、JCAT。主宰者のいたみありささんとは、彼女がブルックリンでギャラリーを主宰されている頃に知り合い、以来、この活動を陰ながら応援させていただいている。アーティスト200人以上が所属するJCATは、過去600回以上のアート展示会を主催、海外に活動の場を広げたいアーティストやその周囲から、絶大な信頼を得ている団体である。ありささんが主宰していた前身団体からJCATが誕生し、10周年となる今月、ニューヨーク・チェルシー
もう何度この作品を観に来たことだろうか。次男のミドルスクール卒業のお祝いに、家族皆で観に行ったのが最初だった。1992年に興行された「デンジャラス・ワールドツアー」の準備と行程の様子を再現。世紀の大スター、マイケル・ジャクソンの半生、その世界観に圧倒される。4月に渡米してきたスタッフさんに、ニューヨークを知っていただく第一歩としてご紹介。2022年のトニー賞で4冠を獲得してから早4年が経過した今でも大人気で、観劇チケットの値段は一向に下がらないけれど、やはり一度は観ていただき
吉田実代選手の試合を観に行って、ボストンからニューヨークに戻ってすぐ、いつもの面々から、祝勝会ランチをしようとお誘いいただいた。試合前の激しい減量から明けた後、開口一番「パンケーキが食べたい!」という彼女。早速、近所で評判のパンケーキ屋に行ったけれど、お店の前には長蛇の列。気を取り直して、最近人気急上昇で一気に店舗数を増やしているカフェ「MAMAN」へ。今回学んだこと、次に生かすこと、試合を振り返りながらも、話題は全く別の方向へ。「何を食べるかではなく、誰と食べるかが最優
ニューヨークで最も敬愛する女性、光琳社長の川野作織さんが、お食事にお誘いくださった。今月開業予定の仕事が佳境の今、スタッフの皆さんを応援したいというお心遣い。渡米してきたスタッフは、普段の生活のなかで他の店舗のサービスを体験する機会が少ない。ニューヨークならではのホスピタリティーを体感しなければ、最上のそれは生み出せない。シェフのアンドリュー・カーメリーニ氏は、フレンチ界の巨匠ダニエル・ブーレー氏に師事、「米国料理界のアカデミー賞」「食のオスカー」と呼ばれるジェームズビアード財
アメリカで生まれ育った子どもたちが日本語と接するきっかけは、日本語補習校の存在だった。毎週土曜日に、日本式のお弁当を作って、送り出す。その数時間でも障がいを持った長女のお世話が大変で、私はなかなかママ友と交流ができなかった。そんな私に、気軽に声をかけてくれたのが、次男のクラスのママ友だった。なかでも綾音さんは、あまりにも自然に、壁を作らずに、私をその輪に巻き込んでくださった。鞍井綾音さん、私と同じ歳だけれど、渡米時期は10年以上先輩だった。彼女がアーティストということを知り、以前
「戦うシングルマザー」として、世界のプロボクシング界で奮闘している吉田実代選手。一昨年、人種差別ともいえる判定負けをしてから、なかなか試合をすることができなかった。健全なるスポーツ界の裏ではビジネスが絡み、集客ができる選手の方が試合数は多くなる。実力で世界王者の座を獲得しても、プロモーターのやり方次第で試合難民にもなりうるのだ。そんな吉田選手が、1年3ヶ月ぶりに、ボクシングの試合に臨むという。場所はニューヨークから北に400キロ離れたマサチューセッツ州ボストンのずっと郊外。
週末を利用して、ボストンへ。夕方からの予定の前に、少し時間があったので、地下鉄に乗って街の中心街へ。歴史のある街だけに、ビーコンヒル周辺を歩くのは楽しかったけれど、とにかく寒い。4月下旬で朝の気温2度、ニューヨークよりも体感気温で10度くらい寒い。ありったけの洋服を重ね着しても、まだ身体の芯まで冷えてしまう。ビーコンヒルで、可愛い雑貨屋に立ち寄ったけれど、特に収穫はなし。ジャパンフェスティバルを開催中のボストンコモンを横切るにも、人が多くて目眩がする。ということで、早々
ニューヨーク在住の日系人の誰もが憧れる女性、光琳社長の川野作織さん。「私もかつてはたくさんの先輩に助けられてきたからこそ、後輩を応援したいのよ」作織さんが私たちに向けてくださる目は、厳しく優しく、海よりも深い愛に溢れている。昨年オープンしたばかりのFauchon、サタデーブランチにお誘いいただいた。ピンクと白で基調された店内、目の前にはブライアントパークの緑が広がる。若い頃にパリのFauchonでお茶をした時は、そのお洒落な雰囲気に圧倒されてしまった。まだまだ若輩者の頃、ずい
ニューヨーク州に隣接するニュージャージー州のさらに先にあるのがペンシルバニア州。順調に行けば車で2時間半ほどの距離である。大きな病院や大学街はあるけれど、あとはお決まりの美術館と博物館ぐらい。州の中心地フィラデルフィアから少し離れると、アレンタウンのような工場地が広がる。私もかつて留学時代に、先輩夫婦の車に乗せてもらって、観光をしたことがあったけれど、あとは千璃の病院以外、足を伸ばしたことがほとんどなかった。次女がオリエンテーションに行っている間に、少し街を歩き、フィラデ